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びいどろ時舟 27 

しばらくすると、市井に留まった小さな命は、すうすうと安らかな寝息を立てはじめた。
この命を救いたいと言い切った、セマノの気持ちが少しは分かる。シンもまた同じように、愛おしいと思い始めていた。
まるで、幼い弟を思うように・・・。

「新さん・・・よろしいでありんすか?」

さら・・・と襖が滑り、衣擦れのかすかな音がして、鏡の姉の小さな顔が覗く。彼女もまた、しばらく行方知れずだった鏡が気になって仕方が無いようだった。

「・・・おや。又、寝てしまいんしたかぇ。ずいぶん、よく眠るでありんす。」

「鏡坊は、ずいぶん苦労してきたでしょうからねぇ。もしかすると神隠しに遭って気持ちのタガが、外れちまったのかもしれない。戻って来て、安心したのかな。」

新に向かって、丸山一といわれた美貌の花魁が、袖を流して柔らかな仕草で両手をつく。
「新さんには、まっことありがたいことでありんす。」

新は驚いていた。花魁が髪結いに頭を下げるなど聞いたこともない。思わず声が出た。

「いや。手を上げてください、花魁。」

「お助けてくだすったと、お母さんと鏡に聞きんした。おかげで今は、こうして熱で臥せっていんすけども、どうやら身体の方は、無事でありんすぇ。 」

「腰に巻いてくださったお馬(生理用品)の話も、聞きんした。おかげで、鏡は病も貰わずに済んだでありんす。」

新は眺める顔が、鏡と余りによく似ているので不思議な気分だった。こうして話をしていると、まだ子供の声のままの鏡と、声のトーンすら似ている気がする。

「あの。失礼ながら、千歳花魁と鏡坊は、本当によく似ておいでになりますねぇ。年が違っても、双子みたいだ。」

「あい。」

つぼみがこぼれるように、艷めかしい赤い唇が動く・・・

「お母しゃまが言うには、鏡とわっちは、生まれたときから、同じ顔でありんしたそうで。・・・こなたの子が生まれたとき、まだ阿蘭陀商館に居た父が鏡太郎と名を付けたんでありんす。実は、鏡のほんとの名前は、鏡太郎といいんす。」

・・・確かに、そうデータベースに記録してあった。

「へえ。写したように似ているから、鏡太郎ってんですかい?」

「あい。」

「本当の名前はお父(と)しゃまの名前も入った、あちらのお国の長い名前なので、男衆見習いになるとき、水月楼のお母さんが短く鏡と名づけんした。それからは鏡の方が通り名になって、本当の名前を呼ぶものはありんせん。」

鹿の子百合の薄桃色の花弁のようなしなやかな細い指が、舞うようにつと鏡の頬に降りて来て、張り付いた鳶色の髪を払った。

「わっちは母親と瓜二つに生まれたおかげで、こうして生きてゆけんすけど、この子はこの顔で男に生まれてしまって・・・骨の折れることでありんす。毎日、井戸端で煤(すす)を溶いて顔に塗るのを、わっちは知っておりんした。」

「詮無いこととはいえ、ずいぶん可哀想な目にあわせて、しまいんした。」

どうやら、千歳は武器商人の話をしているようだった。

「千歳花魁。」

「あい。」

新は思い切って、口にした。もし、武器商人がはなからあなたを抱きたいと、直接頼んできたら、あなたはどうしましたかと聞いてみたかった。
千歳は何の躊躇もなく、答えを口にした。

「聞けば、もうお命も残り少なかったようでありんすぇ。わっちは・・・。わっちなら、鏡のように泣かずとも、何とか上手くお相手できたでありんしょう。」

「それは、どういう・・・?病を覚悟でお相手をしたということですか?」

「わっちを恋しいと思って下すった主さんを、きっとぱらいぞ(天国)の三途の渡しへと、お心安らかにご案内できたかと思いんす。」

きりとした眼差しで、千歳が言い切った。

少し驚いて、新は直も千歳に問うた。
時の管理人の自分達が、欲しい答えをこの少女は持っている、そんな気がした。





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