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びいどろ時舟 20 

監視が付き何も出来ない医者は、自ら消え行く道を選んだ小さな命を、ただ涙ながらに抱きしめて見送るしかできなかった。
蜂蜜色の髪の王太子は、医者が運んできた食事に口を付けなかった。
寝台で背を丸め、生きるのを拒否した幼い王太子は、両親の様に王族の高い自尊心を持っていた。
「何故、食事をしないんだ。気のふれた振りをしても駄目だ。話をしなさい。」と、セマノに厳しく理由を問われた少年は、物わかりのいい大人のように静かに微笑んで、セマノだけに語った。

「ぼくは、もう死にたいんだ。・・・死ねばいいと思っている人が、この国には大ぜいいるのでしょう?天国で待っている母さまと父さまの所へ行きます。スープは先生が飮んでください・・・。先生、優しくしてくれて、ありがとう。さようなら。」

利発な子供は、それきり物を言わなくなり、世間は中傷し誤解した。
その後、セマノは医者として最期まで王太子の傍にいた。気丈に王子の脳の解剖まで携わり、後世に残る詳細な記録を残した。セマノにとって解剖は、何という残酷な処罰だったろう。
彼が何者か、真実を伝える証拠の品として心臓の切れ端を、そっと葡萄酒の瓶の中に隠した。

過去の記録は今も、仏蘭西系データベースに残る。可哀想な王子が、壁に書き残した「かあさま、ぼくは・・・」という短い文はその後、多くの歴史学者の憶測を呼び何冊もの本になった。最後まで凛と頭をあげて、王位継承者であろうとしたその子は、革命派に幽閉され灯も取り上げられた狭い居室に居た。
清潔な寝台も無く、美しい絹糸のような金髪を脂漏で固め、顧みるものもない誰一人と居ない残酷な処遇に、せめて夢の形で慰めようと枕辺に明かりを持って現れたセマノを、亡くなった父親が自分のためによこした大天使だと喜んだ。
大天使に抱かれて、可哀想な子供は夢を見た。

高貴な頬に初めて子どもらしい笑顔を浮かべ、彼は死の間際、動かない足を引きずって壁に何かを書き記した。

『かあさま、ぼくは天使にあいました』

全身を潰瘍と湿疹に覆われた王太子が身まかった後、暖炉に残る炭で、殴り書きのように残された文章に気が付いて、慌てて拭ったのはシンだった。セマノの風貌は宗教画の大天使に似ていた。

貴人の死は騒動となり、シンは人の気配に驚いて、姿を消したが消しきれなかった壁の落書きは残ってしまった。
『かあさま、ぼくは』
それがセマノが過去に干渉した証拠になった。拭いきれなかった文字の全てを知り、セマノは慟哭した。

「違う・・・、違うよ、ルイ・シャルル。天使は、君の方だ・・・」

解剖前、王子の屍を抱いて悲痛に叫んだセマノを、シンは忘れない。慟哭のセマノを側で見たシンは、あれほどの想いをもう一度しようとするのかと、もう一度問うた。

「同じ過ちを繰り返すつもりか。」

顔を背けたまま、低い声が答える。

「あれは、過ちだったのかな。あの子は、安らかだったはずだ。ぼくの手は、まだ覚えている。」

人事のように呟くセマノは、もうとうに覚悟を決めたようだった。このまま人のいない流刑惑星に落とされて、体が朽ちるまで投獄されるつもりだろうか。
殆どの病気が治癒される時代、彼らの寿命は、驚くほど長い。
過去に絡む犯罪には、その星の名を聞いただけで皆慄く、永遠とも思える孤独の責めが待っていた。
時の管理人には決して向いていない、繊細なセマノはシンに手を伸ばした。

「頼む。この通り頼む、シン。この子を助けたいんだ。助けられなかった王太子の代わりにしたいと言うんじゃない。心からこの少年を、愛おしいと・・・思うんだ。」

「馬鹿な。出会ってたった数日だぞ。」

「数日の間に、世界が変わったよ。ぼくはもう、覚悟を決めたんだよ。シン。ぼくは、あれから手折ってはならない「時分の花」に魅入られてしまったようだ。」
シンは、らしくない・・・と、何とか言葉をつむいだ。みすみす不幸になるのを、見過ごすわけにはいかなかった。

「ある意味、らしいと思うよ。この上もなくね。これを見てしまったんだ。」

セマノは、ログに残る記録を立体にして見せた。

「これはね、明け方に、鏡が見た夢のかけらだよ。ぼくに似たかぴたんは、どうやらずいぶんと信用されているらしいね。」





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