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びいどろ時舟 16 

鏡は、セマノに信じ切った瞳を向けた。

「あのねぇ、かぴたんさん。こん空にお天道様が見えんとは、なしてやろう・・・?」

余り受けていない教育のせいか、語彙も少なく幼く見えるが、どうやら鏡は感受性の強い利発な子どものようだった。腕にはめたログで、この世界の時間を知るのもすぐに覚えた。

「真ん中が九つ時で、午の刻ならお天道様は、頭の上やろう?」

「ああ、賢いな鏡。でも、ここは長崎ではないから、お天道様も形が違うんだ。」

「なして?お天道様はどこで見上げても、丸かものばい?お父しゃまが、国へ帰っても見上げれば同じものがあるって、おっしゃおったとばい。銀の月は鏡のようばい?お父しゃまは月ば見てお前ば思い出すって、おっしゃおった。・・・なしておるねなぁ・・・。(どうしているかなぁ)」

返答に困ったセマノは、まじまじと鏡を見つめた。
この子が、遊郭ではなくもっと他の場所に生を受けていたならと思わずには居られなかった。

「かぴたんさん・・・あの、見つめんでくれんね。おかしかか?こん股引は、くすぐったか。」

鏡はセマノやシンと同じものを身に付けていた。

「でん・・・、長襦袢よりは、よかっと。あいは、なんも動けんもん・・・ねぇ、かぴたんさん?おかしかなかね・・・?」

セマノは無垢な笑顔に、魅入られそうになっていた。汚穢のような街で暮らしていながら、染まらなかった真っ直ぐな瞳を向ける鏡に、セマノは戸惑っている。

「うん。とても似合っている。かぴたんの国の人に見えるよ。」

「そうね・・・?うれしか。ありがとぉ。」

決して関わってはならないサンプルに接しているだけだと、自分に強く言い聞かせなければならなかった。
さすがに、この状態は情が湧いて危険だと、セマノ自身も気が付いていた。セマノは時舟の管理人シンのように、過去の人間との深入りをしないよう訓練を受けていたわけではない。こういう状態は初めてではないが、慣れてはいなかった。
研究一途でここまで来たセマノには、どうやら持て余す感情が芽生え始めている。
何とか抑えようとセマノは、むけられた黒曜石の瞳から視線をずらした。

********

一方シンはその頃、頭に髷を乗せて石畳を歩いていた。

『遊びに行くなら水月楼か中の茶屋 梅園裏門たたいて丸山ぶーらぶら ぶらりぶらりというたもんだいちゅ 』
『紙鳶(はた)あげするなら金毘羅風頭 帰りは一杯機嫌でひょうたんぶーらぶら ぶらりぶらりというたもんだいちゅ ・・・』

髪結屋の新は月明かりの下、鼻歌交じりで古い歌を口ずさみながら、丸山花街の中を歩いていた。
雪駄に着流し、見目良い男振りだが、酷い火傷を負っていて、遊女とは遊べないと公言していた。いつぞやの打ち明け話は、思惑通りあっという間に廓中に広まっていた。

水月楼に張り付いて、もう15年にもなる。
一見した所、二十歳を少しばかり過ぎた年に見えた。途中で何度か、年齢と顔を変え、その都度棒手振りやら、掃除方、仕出し屋など男衆仕事も変えた。
今の稼業は二年目だが、はなからデータを入力するだけで、筋肉は完璧に過去の腕のいい結髪屋の仕事を再現する。文字通り、身体が覚えている・・・といったところだ。

シンは市井に紛れて手出しする事無くサンプルに指定された鏡の成長を、短い人生を全うするまでひっそりと見守るはずだった。
もう一人のサンプル、吉と言う名の、鏡のたった一人の友人の混血児が凍え死ぬのも、データベースからの連絡でとうにわかっていた。

サンプルの回収は簡単だった。無縁仏の壕に放り込まれたら、浅く土と石灰を掛けられたきり、そのまま屍を省みるものも無いからだ。人目の無い時を見計らって拾い上げ、時船に放り込み送還すれば任務完了だ。
深く掘られた投げ込みの墓地も、遊女や孤児の死骸ですぐにいっぱいになり、そうしたら非人が又新しい壕を掘る。
この場所では、見慣れた光景だった。
吉はセマノの欲しがる、標本としての条件を完璧に満たした存在だった。

この任務に就くものは大抵が感情が希薄で、人に執着したり干渉したりしない者が選ばれている。サンプルに情を掛けてはならない。それは決して破ってはいけない禁忌だった。
新は時代の漂泊者として、いかに時代を傍観すべきか洗脳されて、飄々と任務についている。

ほんの少しのサンプルへの同情といった妙な思い入れが、後の世で時限のゆがみを作ることは、過去のいくつかの事例で知られていた。
シンの場合、子供の頃移民船が大破して、家族を目前で失ってから長く精神の均衡を壊していたのが選ばれた理由だった。時舟の航行者は、誰しも時代を冷ややかに傍観する「無常の絶望を経験した者」でなければならない。
幼い頃に「絶望」を知り、感情が欠落したシンには、時の管理人任務はうってつけだった。





(´・ω・`) 「セマノ、だいじょうぶ?余計なことしちゃ、いかんよ。」

Σ( ̄口 ̄*) ←

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