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びいどろ時舟 12 

「かぴたんさんっ、かぴたんさんっ・・・!あしは、あん人ば、殺めるつもりはなかったととばい!・・・信じてくれんね・・・信じてくれんねっ!?」

必死に縋る鏡に、セマノは困惑の表情を向ける。

「・・・この言語は、シン?訛り・・・方言・・・?良く、わからないんだけど。」

鏡を抱き上げて、腕のログを眺めていたセマノがシンに問う。

「データ不足で翻訳に時間のかかる言語だな。直訳しろ、シン。」

了解したと、シンは手を上げ直接セマノの耳に、訳した言葉を告げる。

『阿蘭陀商館長さま。ぼくは、あの人を殺す気はなかったんです、信じてください。信じてくださいますか?』

「ど、どげんすぅ・・?あしは、どげんすれば、よかね?」

『どうしよう、僕は、どうしたらいいんだろう。』

「忘八さんの金んなる木ば無しにして、こんままでは、かえれんと?」

『え~と、人として生きてゆくうえで必要な八つの物を無くした女郎屋の・・・このままじゃ、帰れないんでしょうか?』

忘八の説明が付かないので、思わずはしょってしまった。鏡は必死にセマノを阿蘭陀商館長だと思い、訴えている。
ふと、傍で通訳するシンに気が付いた。

「あ、新さん、ここに居たとね。兄さん・・・助けてくれて、ほんとうにありがとぉ。」

「約束通り逃がしてもろぉて・・・ばってん、どうお礼ばいえばよかってか、わからん・・・」

その場に手をついて、行儀よく深く額をこすり付けて頭を下げる鏡に、シンは笑った。

「鏡坊。新さんが言ったとおり、びいどろのかめがあったろ?」

「あい。坂下の天神裏で見つけた時には、地獄で仏にあった気がすっけん。でん・・・カピタンさんは、あしのこと・・・はらかいて(怒って)おらん・・・?」

「怒って?どうして?」

「紅毛人のあん人、かぴたんのお国のお人ば・・・あしが、殺してしもうた・・・から・・・」

鏡の顔は蒼白に引きつって、全身がびりりと小刻みに震えていた。
男衆見習いとして、朝から晩まで眠る暇もなく労働してきた鏡は、いつしか泣くことを忘れていた。それが今は、人を殺めた罪に心底慄き、感情が細波のように千々に乱れている。

「大丈夫、ほら、カピタンは君を怒ってなどいないよ。話を聞いて、かわいそうにって心配していたんだよ。」

新は、セマノの腕から鏡を取り上げた。

「それにね。鏡坊は、あの男を殺してなどいないよ。」

ぱっと血の気が差して、頬が薄く染まり明るくなった。

「ほ・・・ほんとねっ・・・?」

「ああ。嘘なんか言わないさ。あれは、勝手に病気で死んだんだ。あの後、医者が見てそう言ってた。夢にまで見た千歳大夫に逢えて、本望だったんだろうよ。」

「あの紅毛人が信じる、神さまの国にいったのさ。鏡坊は、あの阿蘭陀人の願いを叶えてやったんだ。頑張ったな。」

「ああ、そがんこと・・・。うれしか・・・うれしか。涙が止まらん。」

二人の会話を、くすぐったそうに眺めていたセマノは大方理解したようだ。シンの胸で泣きじゃくる少年は、やっと今は落ち着いていた。

「で?ぼくは、誰と間違われていたんだ?」

シンは、懐に鏡を抱えたまま話をした。疲れてしまったのか、安心したのか鏡はシンの胸に縋ってシャツを掴んでいる。

「あの時代で、この子に優しくしてくれた、ただ一人のオランダ人の商館長だよ。君のような、見事なブロンドだったんだ。もっとも、向こうは年よりだったけど、僕らが東洋人の区別がつかないように、この子にも見分けがつかないようだね。」

「何とか逃げ出すことに成功したものの、相手が寿命で死んだのを、自分のせいだと思って酷く辛がっていたんだ。大事な金づるを殺してしまって、娼館のおかみに申し訳ないって泣いていたんだが、やっと落ち着いたよ。」

「相手?」

「客だよ。この姿形(なり)を見ればわかるだろう。」

言われて見れば、鏡の半襦袢に赤い裾よけは、セマノが長年調査している花街と言われる場所で、身を売って働く婦人の下着姿だった。

「ログの通りなら、この子は子どもの男娼なのか?」

「いや。ちょっと、違うな・・・。」

「正確にいうと、この子は娼館ではごくつぶしの男衆見習いだったんだ。年の変わらない姉の代わりに差し出されて、気にそまないスピロヘータの客を取らされることになった。姉は稼ぎ頭だったからね、主人はこの子を見捨てたんだよ。」

「酷い話だ。スピロヘータ(梅毒の病原菌)がまだ、存在する頃か。」

「まん丸な目だな。・・・われわれの会話を、聞いてるけど大丈夫だろうか?」

「そんな柔な神経じゃあの街じゃ生きられないのさ、おいで鏡坊・・・」

そっと寝台に戻された鏡は、安心した今は呆としていた。軒に巣を掛けた鳥のひなの様に、代わる代わる行き交う言葉の方向に向いた。




。゚(゚´Д`゚)゚。鏡:「あしが殺したんじゃなかった~・・・よかった~。」

新:「よかったな、鏡坊。」ナデナデ(o・_・)ノ”(´;ω;`) 鏡:「うん・・・」


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