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びいどろ時舟 7 

茶を持って来た女将に気がついた髪結いは、鏡からすっと離れると、部屋の外で女将の耳元に、何やら長いこと話し込んだ。
深刻そうな顔をしていた女将が、頷きながら「ああ。その手が・・・」と、言うなりぽんと手を打つ。

べっ甲簪を挿し、赤い帯枕を付けて、大きく裾前を開けて着付け、まな板帯を垂らす。
重ねて打掛を羽織れば、鏡はどこからどう見ても水月楼の当代一の美貌を誇る千歳花魁にしか見えないだろう。

「これが、あし・・・?千歳姉しゃまと、同じ顔ばしとっと・・・。」

やっと人心地が付いて、姿見に映った姉と良く似た自分の姿に狼狽しながら、降って沸いた一縷の望みに、鏡は胸を熱くしていた。
戻った髪結いに、裾よけをいきなりぱっと割られて、鏡は思わず「ひゃあ・・っ。」と、高い声を出してしまった。
まだ大人の声にはなっていないのを確かめたように、女将が笑った。

「とんだ、千歳花魁だ。裾避けの下に、貧相なお道具がぶら下がっているのを見ちゃ、興ざめだよ。」

「ほら。腰巻きの下に、この緋縮緬のお馬(下帯)を付けて行きな。」

湯上りの鏡は、今は他の姉さん達のように、裾よけの下に何もつけていない。時間稼ぎにもなるだろうと、髪結いは耳打ちしたらしい。

「こいを・・・?」

鏡は、訝しげに小首をかしげた。

「月のものが来たって言えば、運よく瘡毒からは逃げられるかもしれないって髪結いが言うからさ・・・そのまま、諦めてくれればいいんだけどね。」

じっと鏡の顔を見て、何やら思い出し鬼が涙ぐんだようだ。

「ここまで睡蓮に生き写しじゃ、あたしにも少しは仏心が沸いちまうってもんさ・・・あの子は、上方流れのあたしに、初めて付いた禿だったんだからねぇ・・・。思い出しちまった。いい子だったねぇ、あんたのおっかしゃまは。」

縮こまった鏡のお道具の上に、重ねた懐紙を油紙で包んだ物を当て、ずれないように下帯をきつく締めた上から、ぽんと軽く叩いた。

「睡蓮も、もう一人千歳のような女の子を産めば、良かったんだよ・・・」

それでも時間を気にするあたりが、きっちりとした元上方遊女の性なのかもしれなかった。

「さ、花魁。行こうかえ?」

「あ・・・。」

思わず後ずさりしかけた背後から、険しい目の兄さんが首を振って、行きなと声を掛けとんと背中を押した。
逃げようにも、華やかな衣裳は、ゆっくりとしか動けないほど鏡には重かった。
姉さんは美麗に飾られ、自分は生きながら葬られている。
この極楽のような極彩色の目の眩む華やかな墓場から、いつか父が息子を救いに来る…
そんな夢のような期待だけが、母を失くした後、これまで何とか生きてきた鏡の、たった一つの希望だった。

子どもじみた望みは、木っ端みじんに打ち砕かれて、花嫁御寮のように絢爛と蝶の群れ飛ぶ、豪華な打掛を羽織り、美しく着飾った千歳花魁は、静々と衣擦れの音をさせた。

(お母(か)しゃま、どうぞ、あしを助けてくれんね・・・。)

(お父(と)しゃま・・・)

(千歳姉しゃまぁ・・・)

気を奮い立たせていないと、心が萎えそうになる。
膝ががくがくと、震えた。

密かに髪結いに貰った、細い切っ先の小刀を帯の間に仕込んで、鏡は一夜限りの紅毛人の花嫁となる。
逃れられないときは、喉を突いて死のうと覚悟を決めた。どの道、同衾すれば死病を貰う。

「びいどろのかめ・・・」

「坂ノ下の天満宮の裏・・・」

自分を守る呪文を、繰り返し唱えて鏡は、華やかな絵が描かれた襖に手を掛けた。

「ぬ…しさ・・。千歳でありんす。」

鬼が訪れる束の間の住処へと、爪紅で染めらえた白い素足が入った。







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