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びいどろ時舟 3 

目もとにも紫色の痣をこしらえてうつむく鏡の、禿(かむろ)に揃えられた髪の色と瞳は珍しい明るい鳶色をしている。
よく見れば、丸山一と言われる今をときめく花形花魁、千歳太夫と同じものだ。
父に似た肌は蒼白と言っていいほど真白になり、床に付いた指先は、意思に反してふるふると小刻みに震えていた。

煙草盆にいらいらと長煙管を打ち付けたら、鏡の背中がぴくりと怖じた。
置屋のおかみは垢じみて小汚い身形(みなり)をした、見習い男衆の鏡(かがみ)に詰め寄っていた。

「ああ、うっとおしい餓鬼だね。どうなんだえ?おまえ、腹はきまったのかえ?」

伏せた目の前に、膝を突きつけられて、逃れられない鏡の喉がごくりと動く。
垢で汚れた頬を、透明な涙が何本もの筋を作った。
「あ・・・あしには、無理ばい・・・。女将さん、仕事のきついのは厭わんが、こいばっかりは堪忍してくれんね。」

「後生ばい。あしには、女子の真似はできまっしぇん・・・。」

背後には、水月楼の屈強の男衆が腕を組んで控えていた。帳場での束の間の無言は、この先をおもうと肝が縮み上がり肌がそそけ立つほど怖かった。 心の中で逃げ出したいと地団太を踏みながら、蛙(びき)のように這いつくばって必死で許しを請うていた。

話は数日前に遡る。
阿蘭陀の武器商人が、千歳大夫の特別な客になりたいと、通詞を介して検番に申し込んできたと言う。どうやら、政府にとっても重要な人物らしい。
育ててもらった恩義を感じるなら、千歳太夫の代わりに目を瞑ってしばし我慢すればいいこったえと、水月楼のおかみさんは言うが、鏡は知っている。
検番所のお役人が、あの紅毛人のように花柳病が進んでしまったら、枕を交わせば誰でもお終いになる、恐ろしいことよと声を潜めていっていた。

もう一人では立ち上がることも出来ない病気の紅毛人の最後の願いは、丸山一と言われた美しい千歳花魁を抱いて、彼らの彼岸(ぱらいぞ)に逝くことなのだ。稼ぎ頭の千歳花魁をたった一夜手にする代わりにと、途方もない銀札を積み上げた武器商人の身内は、異国の売春婦の身体のことなど気にも留めるわけがない。
もう長くない末期の病人が、伝染性の性病に罹っていようがどうしようが、彼が心穏やかにゼウスの下に召されること、そのほうが大事なことだった。

二つ返事で請け負った、水月楼の遣り手婆には算段が有った。
ここまで役に立たない男の子を、花魁の頼みとはいえ寺にもやらずに置いておいた甲斐があった。
四つ違いの姉弟は、似たような顔をしているはずだから、仄暗い行灯の下で同衾させてしまえば、何とでもなる。
まして相手は、今にも死にそうな病人なのだから、素股や手筒を使ってごまかす遊女の手練手管は幾らでもあった。
仮にも花街育ちなら、閨の睦言も見聞きしている分、素人衆のようなことはあるまいよ・・・と鉄漿(おはぐろ)の口をぽっかりとあけてほくそ笑んだ。
内緒で鏡を可愛がる千歳花魁には話を通さず、少しばかり眠り薬でも垂らしておけば、その間にことはすむ。


鏡には病気がうつるかもしれないが、それ以外、誰の腹も痛まない、見事な計画は九分九厘成功したかに見えた。
街角で捕まって引き据えられた鏡は、今や風前の燭のようになって顔色をなくし、瘧(おこり)の病人ようにかたかたと震えるばかりである。

日頃、病に罹った者を見聞きしている分、そうなった自分の末が想像できた。
肺病や性病に罹った遊女は、大抵店の奥部屋でひっそりと最期を迎える。小水すらまともに排泄できなくなった姉さんたちが、悲鳴をあげる。
その面倒を、鏡はずっと見てきた。
そんな恐ろしい病の紅毛人と、同衾しろと女将は迫っているのだった。






遅くなりました。(´・ω・`)

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