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続 星月夜の少年人形 8 

清潔な部屋と、栄養価の高い食事。
桃李は、人並みの暮らしを手に入れた。行き届いた職員に見守られて、めきめきと若い身体は健康になってゆく。

いつも一人ぼっちで、店の外で母親を待っていた桃李に、年上の友達もできた。桃李が一生付き合うことになる重松紘一郎と言う少年も、いろいろ訳ありの少年だった。
話しかけても大きな目をぱんと瞠るだけで、殆ど言葉を発しない桃李の気持ちを、紘一郎は施設の中で、誰よりも先に解ってくれた。
無口な桃李の内側で、饒舌な言葉が走り回るのに気付き、根気よく話を聞いてくれた。

「先に一杯、この洗面器にお湯を汲むんだよ。でね、顔洗って、その次はタオルに石けん付けて湯船に入る前に、身体を洗っておくの。」

風呂の入り方すら知らない桃李に、5つ年上の紘一郎は根気よく向き合った。

「ここは、大勢が同じお風呂に入るだろ?銭湯じゃないから、身体を先に洗って置かないと、お湯が汚れてどろどろになっちゃうからな。わかった?こっち、向きな。背中ごしごししてやるから。」

「うん~。桃李もこういちろうくんを、ごしごしする。」

「先に、頭も洗うからな。目をぎゅっとしてろよ。ぎゅっ!」

まるで小さな弟に接するように紘一郎は、桃李を大切にした。後から聞けば、紘一郎も同じように両親に置いて行かれた子供だった。

ある日、紘一郎に何も告げず小さな弟だけを連れて、母はアパートを出て行った。職を失って以来、気の弱さから酒に溺れ、妻に乱暴ばかり働いていた父は肝硬変に倒れ、担ぎ込まれた病院でがんに変異しているから余命半年でしょうと宣告された。自業自得とは言え、余りに気の毒な宣告だった。
あれから、紘一郎は両親に会っていない。幼くとも、一人で生きてゆくと決めた時、同じような境遇の桃李と出会った。
入所した時期が殆ど同じだった紘一郎は、気に入らないことがあると、辺り構わず物に当たる子供だった。だが、桃李が袖を引くとはっとして我に返り、息を整えると乱暴をやめた。

「お互いに、似たような境遇だってわかるのかしらね?」と、職員が噂をしていたのを、物心の付いた紘一郎は知っていた。桃李は紘一郎の、ただ一つの効き目の強い精神安定剤になった。
母が出て行ったことでもなく、父が倒れて死にそうになっていることでもなく、紘一郎が傷ついたのは他のことだ。
母が自分を置いて弟だけを連れて出て行ったこと。
透明なガラス板に、ダイヤモンドカッターでぎりぎりと傷をつけるように、思い出すたび紘一郎の心は軋んだ。親に選ばれなかった子供、その事実がうなされるほどに紘一郎を傷つけた。
涙を流す代わりにガラスを割り、ドアを蹴った。理不尽に押し潰されそうだった。
ある日、突然屈託のない桃李が現われて、紘一郎の傷だらけの心の表面を、舐めるように癒やした。互いが必要なライナスの毛布となって、紘一郎が高校になる前まで二人は抱き合って眠った。
施設の職員がどういおうと、まるで儀式のように互いを抱きしめて眠った。

桃李は花村と関わっているせいか、それほど人見知りをする方ではなかった。ただ、誰もが構いたがる自分に自信が持てないせいか、極端に口数は少なかった。一つ現実を知り、一つ諦めるたびに、桃李は紘一郎のように少しずつ大人になってゆく。
静かに暮らしたかったが、残念ながら父譲りの美貌は、蟻の巣の中に落された一かけらの氷砂糖のように、周囲を惹きつけてやまなかった。

「ああっ!面倒くさいっ!こっち見んなっ!寄ってくんなっ!」

「毎日、大変だなぁ、少年。」

会うたびに少年らしく快活になってゆく、桃李の姿を見て花村は目を細めた。
桃李は華奢な少女めいた見た目と違い、中身は必要以上に大人だった。





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