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金銀童話・王の金糸雀(三部) 3 

老人の落胆振りを眺めても顔色も変えず、ミケーレは踵(きびす)を返すと、教皇に別室でお願いを聞いていただきたいのですと、跪(ひざまづ)いた。

「敬愛する教皇さま。カストラート・ミケーレの、今後の生涯をかけてのお願いでございます。」

行方不明の間に、学生ではなくなったミケーレが懸命に、教皇の庇護を求めていた。
遠い外国の舞台で、歌手として契約する決意も反故(ほご)にして、教会の大聖堂付のカストラートとして、一生お側にいると、ミケーレは誓った。
ナポリの市内に留まり、いつでも教皇様がお好きな時にお召しに参上いたしますと、手を取ったのだった。
教皇はすっかり相好をくずし、喜色を浮かべていた。

「ミケーレ、わたしの奇跡のカストラートよ。」
「おまえの望みは常に、わたしの望みでもある。」

教皇の節くれだった聖なる指が、天使の頬に触れた。
教皇がずっと手に入れたかった自由な天使は、やっとその白い翼をたたみ、自らの意思で、地上におけるキリストの代理の腕の中に舞い降りたのだった。
風切り羽を切り、もうどこへもいかないと約束をすると、ミケーレは教皇の傍に寄った。

使徒ペテロの後継者でもある教皇は、全教会に対する首位権をもって居た。
ミケーレにとって、これから異端審問の裁きが下り、王さまが教会に破門され、火刑で処罰されるようなことはあってはならないことだった。

これまでの緑の国の王の行状について、ミケーレは教会会議に出向き、包み隠さず知りうる限りの供述をした。
湖の王の酷い裏切りによって、お后さまが月光病(心の病)になっておしまいになったこと、、そしてその全てを終わらせる為に、王さまが自ら愛するお后さまを罰し、潔く投降したこと。
決して異端などではない、始まりは干渉であり、騙し打ちによる不幸な戦死だったと、ミケーレは必死で弁護したのだった。

戦争になるまでは、どんなにか統治も温かく、捕虜の身柄をどれほど大切に扱ったかと、教皇の後ろ盾を得て、その場に居たものとして銀色のカストラートは、天地神明にかけて朗々と真実を述べたのだ。
緑の森の国で、槍の先に晒された多くの遺体は、悪魔の関与によるものであると、異端審問官が作成した異端(神に背く教え)の観察報告には、詳しく書かれていた。

囚われの人身は、夜ごと背徳の饗宴に捧げられ、極めて事態は深刻であると、分厚い調書も提出されていた。
そこに書かれていたのは、勿論、真実ばかりではなかったが、罪のない人々を、東の国に奴隷として送り、兵士達の身柄を例え農民兵であっても晒した記載は紛れもない事実だった。
多くの証文と、商人によって、事実は次々と明らかになってゆく。
繰り返されるいくつもの事実確認に、言い訳を口にする事無く、緑の国の王さまは答えた。

「それらの冷徹無比な悪行は、全て余の一存で行われた。」
「余は、全ての責めを負わねばならぬ。」

裁判に参加する民衆の意見は、大きく二つに分かれていた。
一方は間近で、お后さまの狂気に接した者たちの、王さまを擁護する人たち。
彼等は、無実を叫び王さまを守ろうとした。
もう一方は、夫や兄弟の酷い死骸を目の当たりにした人たちの、行き場のない怒りと悲しみ。
彼等は緑の森の国の領主を、愛する人が味わった塗炭の苦しみと、同じ目に合わせたいと望んだのだった。
王さまの異端に関する答えのでない堂々巡りは、何ヶ月も続いていた。

哀しいことに、牢獄から引き出される度に、王さまはどんどん弱ってゆくようだった。
罪人の押し込められる湿気の酷い牢獄は、精神も身体も蝕んでゆく。
すっかりやつれ果てた王さまは、亡くなった人々の事を思えば、裁きは速やかに行われるべきだと思っていた。
例え、お后さまがどんなに所望しても、自分は復讐の手先となってはいけなかったのだ。

日の当たらぬ石牢で、病を得た王さまはとうに自分を裁いていた。
投降して以来、王さまは自分を罰するために、周囲がどんなに勧めても、少量のパンと水しか口にしていなかった。
王さまは、時々忠実な司令官に問いかけた。

「余の金糸雀の姿は、見えないか?」

座っているのさえ骨が折れるようになった王さまは、懐かしむように壁にもたれ、格子の入った罪人の部屋から、外を眺めていた。
目を閉じれば、可愛らしい金糸雀が、紅いローブの下で歌を歌っている。
抱き上げて「金糸雀」と名を付けたのは、まるで昨日の事のように思えるのに、金糸雀はいなかった。
他でもない・・・自分が傷付けて、放逐してしまったのだ。

「金糸雀に、逢いたい・・・。一言、詫びたいのだ・・・」
「残念ながら、音楽学院に帰した後の金糸雀の行方は分かりません。」

窓枠で遮られた青い空を眺めるたび、王さまは涙をためて自分の許を去っていった金糸雀のすみれ色の瞳を思い出し、詫びたいと思うのだった。
それだけが、王さまをこの世につなぎとめているようだと、王さまの忠実な司令官は思っていた。

「金糸雀・・・なぜ、来ぬ。」

そして数ヶ月後、全ての供述と事実認定は終了し、王さまに採決が下る日が来た。
王さまに同情の意見は多く、悪魔の関与はなく、したがって異端ではないと認められたのだった。
民衆法廷の片隅で、暗いねずみ色の外套に身を包んだ銀色のカストラートは、静かに神に感謝を捧げ祈った。

『無辜(むこ)の者が罰せられることなきよう、又、何人も中傷によって異端の汚名を被ることのなきように・・』

絶大な力を持った最高権力者、教皇の書状を手にした代理人が、銀色のカストラートの願いどおり、慈愛を持って救いの手を差し伸べたのだ。
必死の願いで教皇の破門も解けた今、骨も残らぬ業火で身を焼く、恐ろしい火刑だけは免れたのです。
当時、極刑と言われた火刑の中で、一番厳しい罰は肉体の欠片も残らぬほど焼き尽くし、残された灰すら辱めることだった。
どれほどの痛みに耐えた者も、異端の烙印を押されれば悪魔の元に降るのと同じことと怯えた。

しかし、最後まで王さまを異端者として憎み、命を奪うだけでなく火刑台に送ろうとする者も居た。

「まだひとつ、皆に告げたい真実がある!」

最後に湖の王を助けた隣国の領主が、帰りかけた異端審問官に向かって叫んだ。

「森の国の王は、湖の城の幼い跡継ぎを、恐ろしい異端の集まりに連れて行き、人身供犠の犠牲にした。」

そう陳べた時、広場に居た人たちは驚き、それこそが悪魔の所業だと騒ぎ立てた。
青白い額に、はらりと黒い髪を垂らした王さまは、身じろぎもせず隣国の領主を見つめていた。

「この者は、湖の国の幼い王子を后と共に陵辱したのだ!」
「その無垢な身体を、残酷に開いて兵士たちの慰み者にした!」

どよめきが、ざわざわと広がってゆく。

「誰もが愛する、銀色の髪のすみれ色の瞳の王子を、異端の神に生贄として捧げ、血の一滴まで食い尽くした!」
「そこにいる、忠実な家臣と共に!」

悲鳴が広場に広がり、心あるご婦人達は自身の子供を胸に抱き寄せました。

「違う・・・っ!違います!そのようなこと、わたくしはされていない!」

思わず、声をあげた銀色のカストラートでしたが、周囲の怒号にかき消されてしまった。





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