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金銀童話・王の金糸雀(かなりあ) 7 

バロックオペラなどに多く見られる女性役、天使役、少年役は、過去にはすべてカストラートと呼ばれる男性の去勢歌手が歌っている。
絶大な人気と、超絶技法で、当時教皇さえ動かすほどの、人気を集めたカストラートになるしかなかった王子と、敵国の王の物語。
歴史の仇花として大輪の華を咲かせた、カストラートの名を継ぐ者は、今や人道的な見地からもこの地上に存在しない。



その朝、いつものように王さま夫妻の間で目覚めた金糸雀は、少し浮き立った気持だった。
羅馬(ローマ)教皇のお気に入りと言われている、素晴らしいカストラート歌手が出演する音楽劇を初めて観劇できることになったのだ。

カストラートいうのは、変声前の幼い頃に去勢された男性歌手の事をいう。
教会で女性歌手の登用を禁じた頃から、爆発的に大流行し、その比類ない声は「天使の声」と賞賛され、カトリックの大聖堂でも神をたたえる歌声を披露していた。
王侯諸侯を招き、戦勝の祝典の一つとして緑の森の国の城の室内劇場で、英雄の歌劇(オペラ)を上演するというのだ。
王さまが王子の心配をして、そっと聞いてくださった。


「みんながお前を見て、あれが囚われの王子と噂をするかもしれないが、堪えられるか?辛くはないか?」

金糸雀は、いつかは聞いてみたいと願っていた奇跡の天上の声を、耳に出来るのがうれしくて「平気です。」と明るく答えた。
そして、同じように何日も前から支度に余念のなかった、お后さまに寄ると問いかけた。

「お后様は、以前にもロレート・ヴィートリや他の歌手の歌をお聞きになったことがあるのですか?」
「そうね・・・会ったことはあってよ。」
「どんな声だったのでしょう?」
「そうね・・・。」

王さまは、困って無口になってしまったお后様に助け舟を出した。

「お前もこれから聞けば分かるだろうが、カストラートの声は余りに素晴らしすぎて、ご婦人方の多くは大抵、卒倒してしまうのだ。」
「わたくしのあなた。それでもわたくしは、よく持ちこたえた方ですわ。女官など、ロレート・ヴィートリの姿を見ただけで倒れたのですもの。」

金糸雀は、一声で人々を魅了するという、その卓越した禁断の声の持つ歌唱を、早く聞いてみたいと思った。
歌の大好きな金糸雀は、毎日望まれるまま歌っていながら、束の間、自分が脆い捕虜の立場に過ぎない存在だと忘れていたのかもしれない。
王さまと、お后さまの間に挟まれた、特別な深い椅子にかけて銀色の王子は、すっかり夢中になって菫色の瞳を輝かせ音の調子を合わせる楽団のリュートやチェンバロの響きに身を乗り出していた。

背後に控え、黙って様子を眺めていた忠実な司令官が、そっと金糸雀の肩を叩き、すぐに後へ来るように合図をした。
天井から降ろされた厚い布とギリシャ風の柱の裏側で、金糸雀は忠実な司令官の冷ややかな目に晒されている。

「あ・・・の。司令官さま・・・?」

何も言わない忠実な司令官の、嘗め回すような沈黙の視線に耐えかねて、金糸雀は息が詰まりそうだった。
戦で負った耳の下の酷い傷が見えないように、不自然なほどの高いカラーを巻きつけて正装した、忠実な司令官が近づいて、金糸雀の頬に冷たい手で触れた。
そこから、先ほどまでの興奮の火照りが、すっと引いて行くようで金糸雀は身を固くしてその場に立ち尽くしていた。
しばらくたって、忠実な王の右腕はやっと口を開いた。

「お楽しみの所、水をさすようで申し訳ないが・・・」
「そなたは、あくまでも湖の城からきた客人だと、わきまえていることだ。」

王の腹違いの兄と言う忠実な指令官は、どこか面差しに似た様子はありましたが、もっと冷ややかな血が流れていそうだった。
はっと息を呑んだ金糸雀の頬が、紅をさしたように染まった。
赤い唇がふる…と、震えると言葉をやっと紡いだ。

「・・・すべて、あなたのおっしゃるとおりです。」
「わたくしは・・・いつか、考え違いをしておりました。」

幼い王子が涙ぐんで、そういう言葉を使うのを少し可哀想に思いながら、分かっていればよいのだと忠実な司令官は告げた。
この国に来て数日後、情勢が変わればいつでも王のために、わたしは難なくそなたを切り捨てるだろうと、いつか真顔で言われたこともある。
命の恩人である王のためなら、何でもできる、と誇り高い軍人は、幼い王子に捕虜の立場をきっぱりと告げた。

忠実な家臣は、いつしか慣れて住み心地の良くなってきた緑の森の国が、金糸雀の父親と敵対していた国だと思い出させたのだった。
蒼白の顔で席に戻った少年を、心配するお后さまに、少しのぼせてしまいましたと、笑いかけた金糸雀の顔ははじめてあった頃のように、少し強張ったものになっていた。

ほんの少し、訝しげな瞳を向けたお后さまでしたが、間も無く静かに分厚い緞帳はあがり、待ちかねた英雄アキレウスの独唱が始まると、ご婦人方は悲鳴をあげて身悶えぱたぱたと優雅に卒倒していた。

今、歌っているのはナポリの劇場から招かれた、ソプラノの花形カストラートだった。

薄い衣装で身体の線も露わに、美しく女装したカストラート扮する少年アキレウスが、女だけの島に隠れ住み、やがて凛々しい青年に成長してゆく場面だ。

武器商人によって、実はアキレウスだったと正体が明らかにされる緊迫した場面では、金糸雀は息をするのも忘れて天上の甘やかな、天使の声(カント・アンジェリコ)に酔ったのだった。
先ほどまでの美しい女性の姿と声は一変して、今度はどこまでも雄々しい英雄アキレウスの歌声が、広間いっぱいに響いてゆく。
人々は、類まれな歌声にすっかり魅了されていた。

訓練によって手に入れた恐ろしく伸びのある甘美な高低音と、驚くほどの音域、備わった容姿の美しさ。
力強い男性アルトから儚い女性役のソプラノ、少年の澄んだ声までも、自在に扱う天才カストラートの独壇場だった。
カストラートに熱狂した当時の教皇のように金糸雀の内側も熱くたぎり、舞台上の英雄が、もし自分だったらと思わずにはいられないのだった。

感動的なその夜、金糸雀は王さまとお后さまに許されて、英雄の扮装を解かぬままのカストラートと、夕餉の会食を取ることが出来たのです。

「あなたのアキレウスは、可愛らしい天使と、美しい女性と、勇敢な英雄が同時に降臨したようでした。」
「とても・・・、とても素晴らしかったです。」

はやる胸を押さえながら、王子は何とか言葉を捜していた。
先ほどの絢爛豪華な舞台の英雄が、金の縫い取りのある裾を引く長いローブをまとい、衆目の中、優雅に着座する。
柔らかなしぐさで、グラスを傾け王さまとお后さまの輝ける御世に・・・と、男性にしては少し細い声で語った。

薄絹の幅広のリボンで、カストラートの滑らかな喉は隠されていた。
お后さまはうっとりと、その端整な横顔を見つめ、形の良い唇が語る言葉も、舞台での歌詞のように聞いておられた。
舞台の上でも日々の暮らしの上でも、男性でも有り、女性でもある究極のカストラートは最初、銀色の王子を緑の森の城の嫡男だと思っていたようだった。

王さまが、王子の身の上話を語り終えたとき、うるんだ灰緑の瞳がじっと向けられた。

「囚われの王子さま・・・。わたくしは、あなたぐらいの時に自らの進路を決めたのです。」
「貧しい周囲の勧めもありましたが、今のわたくしがあるのは、自分の意思だと思っています。」

きっぱりと微笑しながらそういう大天使に、銀色の王子は少し悲しげな顔を向けた。

「わたくしには、未来を選ぶ権利はありません・・・。」
「でも、本当に今宵の歌劇はとても素晴らしかった。」

金糸雀は一生懸命言葉を尽くして、頬を染めカストラートに精一杯の賛辞を贈った。

「どんなに激しく感動で打ち震えたか、あなたにこの胸を開けてお見せしたいくらいです。」
「ありがとう。」

向けられてほころんだカストラートの花の顔は、金糸雀をなぜか無性に泣きたくさせた。
楽しい宴は束の間で、すぐに終わりが来ると分かっていたからだ。

「実は、わたしの金糸雀も、そなたに負けないくらい美しい声で歌うのだ。」

もし、望むなら聞いてみないかと、王さまは名代のカストラートに、金糸雀も驚く提案をした。
驚く金糸雀は、思わず辞退してしまった。

「王さま、それは・・・どうかお許し下さい。」
「この方の華やかな歌声と比べられるのは、とても光栄ですが、悲しくなるばかりです。」

それでも王は、許さなかった。

「歌え、わたしの金糸雀。いつでもわたしが望むときに。」

そういわれては、王子は立ち上がるしかなかった。
王さまの忠実な司令官が、リュートを取り上げてかき鳴らす。
それは、先ほど舞台で歌われた女の島で、かくまわれたアレキウスが男と見破られ、戦争に赴く場面の歌だった。

初めて聞いた曲を、寸分違えず、金糸雀は澄んだ少年の声で歌いきり、王さまは感動のあまり、思わず大勢の前で金糸雀を抱きしめた。

「ああ・・・お前が、湖の城の王子ではなく、ただのわたしの金糸雀であったなら良かったのに・・・。」
「王さま。」

恥をかかせずに済んだ安堵で、金糸雀の頬は濡れていた。

夢のように楽しい宴は、終わった。


********************************

まだ、童話~(´・ω・`)

ついにカストラートと運命の出会いをしてしまいました。
流転の王子さまの、運命は・・・?

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2 Comments

此花咲耶  

鍵付きコメントさま

手術時期は大切だったようです。
可哀想な王子さまも、いろいろありそうです。
大変な時期にコメントありがとうございました。

ツイッターもよくおすすめいただくのですが、携帯をほとんど利用しないので多分あまり覗かない人になりそうです。
お元気になられて本当に良かったです。
きっとお休みしていた間も何度も訪問して元気貰った人もいらっしゃると思います。
頑張ってくださいね。
此花もがんばります。(*⌒▽⌒*)♪

2011/03/22 (Tue) 08:23 | REPLY |   

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2011/03/21 (Mon) 22:22 | REPLY |   

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