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おとうと・12 

詩津が亡くなってから、休みなく働いてきた聡だった。
傍で働く婦長が、休暇を取るように何度も声を掛けたが、聡はそうしなかった。
病院での仕事は多忙を極めていた。
医師の確保に苦労しているのはどこの病院も同じで、結局院長である詩鶴の父が、度々、穴を埋めることになっていた。

哀しみを忘れるように、仕事に没頭する医院長を思いやりながらも、結局誰も詩鶴の事には触れなかった。
忘れ形見は、ひっそりと大きくなり誰もが知る恐ろしい真実から、詩鶴と天音だけが隔離されていた。
それでも詩鶴の幼い頃は、表だって確執を取りざたする声は出てこなかったように思う。
ユニセックスな少年らしさが最後の輝きを見せる思春期、余りに母に似すぎていたのが詩鶴の不幸だった。

父が脳内出血で倒れて以来、叔父、悟の詩鶴への執着は、日ごとに強くなってゆく。
少しずつ精神破綻して行く叔父から、身を守る為に父に家を出てゆく話をした詩鶴だった。
だが今は、そんな話を出来るはずもなかった。
脳内の一番太い血管を損傷し、父は物言わぬまま寝台に横たわり朽ちてゆこうとしている。
亡くなる少し前、親子らしい会話ができたのが、ほんの少しの慰めになった。
学校に行く前と帰宅後の数時間、詩鶴は初めて親子の時間を取り戻すように父に話をしていた。
物言わぬ父の、手に触れればほんの少しの温もりが嬉しかった。

「お父さん、ただいま帰りました~・・・」

ある日いつものように父を見舞いに訪れた時、父の顔を覗き込むようにしている叔父の姿を見た。
思わず後ずさり、本能のまま逃げようとした詩鶴の背後に聞こえた言葉。

「こいつがどうなってもいいんだな、詩津!」

一瞬のうちに詩鶴の視界から色は褪せ、モノクロの世界の魔王が生贄を求めた。
その言葉は、その場に詩鶴を縫い付けるのに十分すぎるほどの威力を持った。

「え・・・?伯父さん・・?お父さんに、何をするの。」
「詩津。いいから入って、扉を閉めなさい。」
「伯父さん・・・っ、お父さんに何もしないで。お願いだから。」

自発呼吸ができない父の、機械を見やりながら伯父は尋常ではなかった。
兄弟で一人の女性を奪い合ったあの日に立ち返り、詩津の亡くなった事実を受け止めきれない男が此処にもいた。
初めて心から愛した詩津に関わることだけが、この男の記憶から抜け落ち、天音以外の誰にも気取られないまま執着は深くなってゆく。
伯父が、歩を進めるたびに詩鶴の顔から血の気が引き、全身が小刻みに震える。

「伯父さ・・・ん。やめて・・・。お父さんの機械から、手を放して。」
「怖がるな、詩津。一度は全てを許しあった仲じゃないか。」
「いや、いや・・・違う。」

詩鶴は大きく頭(かぶり)を振った。

「わたしの元を去り聡と本気で結婚すると言うから、その気が失せるように抱いてやったのに、毎日見せつけやがって・・・。」
「聡より前に、私が出会ったんだ!何で、こいつを選ぶんだ、詩津!」

詰め寄る男の向こうに、ナースコールのボタンがある。
誰かに来てもらわなければ、逃れる術はないと思った。

「違う・・・伯父さん、ぼくはお母さんじゃないよ。」

学校帰りの制服のまま、そこに立ち尽くす詩鶴を本来なら女性と見間違うわけがなかった。
確かに顔を似ていたが、まぎれもなく詩鶴は少年だったのだから。
病的な執着に絡め取られ、詩鶴は父の眠る寝台の足元にどっと倒された。

病棟を通らずに行ける特別室の奥は、一般病棟やほかの施設からも完璧に遮断されたプライベートな空間になっている。
しかも、今は新院長自らが弟の診察に当たり、家族に症状、今後の治療方針を決めるから立ち寄らないように言ってある以上、定期的な見回りの看護師が様子を見に来ることもなかった。
狹い室内を逃げ回り、詩鶴は必死だった。
制服の金ボタンが飛び、シャツの前ボタンも弾けた。
抱きすくめられた詩鶴は、図らずも禁句を口にしてしまった。

「知らない!…こんな伯父さん、ぼくは知らないっ!」
『知らない!…こんな悟さん、わたしは知らないっ!』

腕の中で抗う最愛の女性は、自分の元を離れ弟のものになった。
つなぎとめる物がないまま、悟は暴走したのだ。
詩津を散らし、周囲を傷付けて悟が守ったのは結局、捨てられるのに耐えられない高い自意識だった。

「やめて!伯父さん!・・・お父さんが見てる。お父さんが・・・いやーーーっ!」

ふくらみの無い、白い身体が寝台に張り付けられた。
上半身だけを押さえつけられた詩鶴の口を、獣が貪った。
払った腕が、顔に当たり頬を張られた。
心音を刻む機械音と、細い泣き声が病室に響く。

「お・・・父さん・・・、お父さんが見てる・・・やだぁ・・・」

ドン・・・

思いがけず病室のドアが、叩かれた。
音に怯んだ伯父が、扉に顔を向けた。

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。・゚゚ '゜(*/□\*) '゜゚゚・。「やだぁ~」

(´・ω・`) やばす~・・・

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