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おとうと・11 

二日目になって、やっと詩鶴の部屋の雨戸があいた。

眩しそうに外を眺めた詩鶴が、ふと視線を廻らせた時、階下の天音と視線が絡んだ。
何もなかったかのように、詩鶴が微笑んで寄越そうとしたが叶わず、顔が歪んだ。
さっとカーテンが引かれた窓から、全力で拒絶する詩鶴の意思を見た。
もう二度と、天音が優しい兄となり詩鶴の頬に触れることはない。
天音の背に有った、心優しい天使の羽根はいつしか墨色に染まって堕天使の物になってしまった。
心臓に鉄の枷がはめられたような気がする。
見上げた窓は天音が立ち去った後も、開くことはなかった。

軋む体を何とか引きずって、詩鶴は病院内に寝泊まりする父の部屋へ行こうとしていた。
病院内では、しゃんと背筋を伸ばしたが、エレベーターの中では脂汗を浮かべて耐えていた。
身体よりも、心が悲鳴を上げて詩鶴はどうしても父に逢いたかった。
行き交う看護師が、詩鶴の顔を見るたび一瞬はっと息を呑むようにする。

「お父さん・・・」

軽く叩いた院長室からは何の返事もなかった。
まだ、病院の診察が開始するには時間があるはずなんだけど・・・と、そっと開いた部屋の大きな椅子に深く腰掛けて眠る父の姿を見た。
ふいに、ひくっと喉が鳴った。
自分の身に起きたことをとても打ち明けたりはできなかったが、決めたことを伝えたかった。
静かに閉めた扉が、キッと音を立て父が薄く目を開けた。

「詩・・・津・・・?」

もういなくなったはずの、最愛の妻の姿に院長室の父が思わず立ち上がった。

「お父さん。」
「詩・・・鶴か・・・。あぁ、久しぶりだね。ごめん、お母さんと間違えてしまった。びっくりさせた?」

頭を振ったが、思わずこぼれた涙が散った。

「ううん。みんな、お母さんと間違う・・・から。もう、平気。」

平気と言いながら、決してそうではないと顔を見ればわかる。
顔を見るたび妻のいない現実を突きつけられるようで、詩鶴から逃げていたのは自分だ。

「でもね、ぼく・・・何でお母さんにそっくりに生まれてしまったんだろう。ぼく、お父さんに似てればよかった。」
「詩鶴。どうしたの?」
「ううん。ちょっとそう思っただけ。」

父は詩鶴をおいでと、膝の上に誘った。

「詩鶴が、お母さんに似たのはね、きっとお母さんが毎日願ったせいだよ。お前を残していかなければならなかったお母さんは、お父さんと、生まれてくるお前のためにどうか自分に似た子が生まれますようにって願ってた。」
「ほら・・・お父さんの大好きな顔だ。」

父と覗き込む鏡の向こうに、写真でしか見たことの無い母の顔を見た。

「ごめんね、詩鶴。お父さんは、お前をほったらかしにしてる。」

父と子の視線は鏡の中で見つめあっていた。

「お父さんは、お母さんが大好きで大好きで、お骨さえお墓に持ってゆく勇気もなかった。」
「でも、良くなかったね。生きている詩鶴と前を向かなきゃね。」

鏡の中の息子は、静かに涙を流していた。

「ぼく・・・高校生になったら家を出ちゃ駄目かな・・・?あのね、学校の敷地の中に寮があるんだ。」

父は久しぶりに会った息子の真意を測りかねていた。

「何があった?中等部には通いなんだろう?・・・・」
「あの家に居たら、・・・。あ、あのね、佐々岡さんが帰ったら、一人だから。だから、寮に入って勉強する。」
「お父さんみたいな、お医者さんになるんだ。」
「詩鶴?医者になるのか?」
「うん、小児科医になる。」

父は目を細め、詩鶴の頬の涙の痕を指で拭った。
詩鶴の良いようにしよう、と父は約束し息子はやっと安堵の表情を向けた。
その顔すら、妻に瓜二つで父は心に騷ぐものを覚えるが、口にするのははばかられた。

「なるべく、家に帰るようにするから。」
「う・・・ん・・・そうして。」
「詩鶴?」

ぺたりと座り込んで泣きじゃくる息子の頭を撫でてやりながら、父は兄のことを考えていた。
結婚を決めた日、兄は妻を蹂躙した。
その妻に良く似た息子が静かに泣く。

診察時間が来て、花のように微笑み詩鶴は父の元を去った。

それが、今生で交わした父と子の最後の会話になった。


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(´;ω;`)詩鶴 、こんな話でごめんね・・・

。・゚゚ '゜(*/□\*) '゜゚゚・。「お父さ~ん!うわ~ん」

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