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紅蓮の虹・76 

どんな苦しみを受けても、キリシタンの人々は喜んではりつけになった、と当時の宣教師が書き残している。


悲しみも痛みも、来世での幸福を信じて疑わず、小さな少女も手を合わせ祈りながらパライソへ旅立った。


目の前で倒れ行く、同胞はみな四郎を信じていた。


食料もつき、最期の切込みには、雑穀と煎り大豆で腹をごまかし、政府軍と命尽きるまで斬りあった。


四郎も、最後に友とパライソへ向かうことが全てだと信じていた。


想像を超える残虐な松倉の手が、ただ一人後ろ髪を引かせる存在へと伸びた。


それでも、ただ切り殺されたのであれば、四郎は我慢もできた。


大切な人に、牛馬にも劣る扱いをされて、終に松倉を呪った。


人として形になる前、ただの血塊となって朽ちて逝った四郎の半身・・・

頬を伝う血の涙は、「いんへるの」へ向かう輝かしい通行手形になるだろう・・・


身体中を、焼き火箸を押し付けられたような痛みが走る、もうどこにも、四郎の味方はいない。


神の門へ・・・

パライソへと、人々を導いてきたこの身一つが、いんへるのへと堕ちるのだ・・・・


永遠の業火で焼かれるために。


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