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青い海の底の浄土・7 

「ともかく、それで腑に落ちた。」

美しい公達が、視線を向けた。
すうっ・・・と、目が優しく細くなる。

「おこと等が現世の不浄の欲を捨ててこれまで居ったから、これが間違えて惹かれ流れ着いたのだろう。醜い心根の元では、天児は人型にはなれぬ。大抵の者には、この姿を見せることはないのだが・・・」

「この、天児(あまがつ)は、わたしが人間であった時に作られた厄落としの形代(かたしろ)で、わたしの代わりに災厄を引き受けるために、比叡山の高僧が息吹きを入れたのじゃ。」

兄弟は、なるほどと思わず合点した。

「三月の上巳の節句に、この形代で身体をなでて、穢れや禍を移し参らせてもう海に流すつもりであった。」

やはり考えどおり、人ではなかったのかと弟は思う。

「上巳の節句を楽しみにしていた、幼い安徳天皇の命が絶えたので、わたしを守ることも出来ず姿を探し求めて波間に浮いていたのだろう。」

「しかも、この者は・・・兄は、わたしにどこか似ているようじゃ。天児、長らく捨て置いてすまなかったな。」

兄の抱く天児を軽く引き寄せて、息を吹きかけ九字を切るとふわと中空に浮いた美童は、小さな守り人形になった。

「あぁっ・・・!」

突然、兄が小さく声を上げると、がくりと頭(こうべ)を落とした。

そのまま、はらりと土間に落ちた人形を、恭しく拾い取ると、じっと慈愛の眼差しを注ぐ。
兄は、ほろほろと涙を零しながら、物言わなくなった小さな人形に話しかけた。

「そうか、そうか・・・おまえの慕う主上(おかみ)とは、龍王さまであったのか。」

「畏れ多くも、間違ったのだな。思いが通じて良かったのう・・・。」

「だが、わしはこのままそなたを失うのが辛い・・・あれほど慕ってくれたのを、人違いとは虚しいことだ。このままもう、人の形には戻らぬか・・・天児。」

頬を寄せると、口のない形代の手が、兄の頬についと伸びて、緩く涙を拭いた。
一方の手は短く、紙人形に戻っても手先は戻っていなかった。

比叡山の高僧が、安徳天皇の守り人形にどんな願いを込めたのか、あるいは平家の滅亡さえ願って呪を込めたのか、知る由もない。
幼子の病気や災厄を払い、無事な成長を願う祈りは強く、形代(かたしろ)は一途に節句を待っていた。
主に形の良く似た兄に縋って、ひたすら名を呼んだのは、魂の穢れのない人形、天児ならではのこと。

兄の様子を黙って眺めていた龍王が、再び人形を見慣れた童に戻すと、人形は兄の胸元へ迷わず縋った。
龍王は優しい目を向けて、その様子を見ていたが、やがて口を開いた。

「我が、人間の時の名は「安徳」と言う。」

「清盛さまのご妻女、二位尼殿と共に御入水なされ、先ごろご遺体のあがったという安徳天皇様ですか?」

「そうだ。崩御の後、人の姿の抜け殻に引導を渡し、海面に浮かせたのも我自身だ。」

人の名を、どこか懐かしむような風であった。

「あれは熱に弱い脆い体で、生まれるときには難産で、我の過去の龍の記憶が生みの母を散々苦しめたと言う。」

「現世での養育していただいたせめてもの礼に、今も命ある哀れな人間の母親に、幼子の亡骸なりとも届けてやりたかった。中身はもう抜けておっても、亡骸を弔いたいであろうと思ってのことじゃ。」

幼いままなくなったわが子を思う、人の世で母であった人を労わる海神の言葉はこの上なく優しかった。

「あれから髪を下ろして仏門に入り、今は御仏に縋って、経三昧の日々をお暮らしのようじゃ。」

「本をただせば、安徳天皇は入水の定めを持っていた。」

「はるか昔に我の持物だった天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を取り戻し、こうして海神となる運命(さだめ)であったのだ。」

海神は、どこか一人語りのように懐かしい話をした。
夢のようだと思いながら、弟は都人の形を取る雅な若者をじっと見ていた。



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