【長月の夢喰い(獏)・7】
獏(ばく):体は熊、鼻は象、目は犀、尾は牛、脚は虎にそれぞれ似ているとされるが、その昔に神が動物を創造した際に、余った半端物を用いて獏を創造したためと言われている。
人の悪夢を喰う。
※残酷な表現があります。苦手な方は以下をお読みにならないで下さい。
<前回までのあらすじ>
勘定吟味役の父親が、背後からの刀傷で憤死するという不名誉な出来事から、早6年の時が過ぎた。
武士にあるまじき死とそしりを受け、お家はあえなく断絶となり、幼い兄弟達は行方知れずになっていた。
今は、瀬良家縁の菩提寺に、髪を下ろした妻女が粗末な庵を開いて菩提を弔って居ると言う。
兄弟の所在を聞いても尼は口をつぐみ、父の死に際してまだ前髪の兄が、弟達の手を引いて城代家老にお家存続を涙ながらに言上した話も、ただの孝行ものの哀れな美談で終っていた。
当時、誰も彼等の力になるものは無く、行方不明の兄弟を思いやる家中の者も居なかった。
たまに見目良い兄弟が、生きていればどのように凛々しく美々しい若者になっていただろうかと、女共の口に上るくらいのことである。
悲しみのあまり故郷を出奔したとも、遠縁を頼り西国に行ったとも言われていた。
だが実は、残された遺書によって、父の死が仕組まれたものと知った彼等は密かに仇を討っていた。
兄弟は今は、芝居小屋に身をよせ弥一郎は、座付き作家、笹目は、当代一の花形女形、月華は子役となっている。
*――-――*――-――*――-――*――-――*――-――*――-――*――-――*
兄と慕った城代家老に裏切られ、父はさぞかし無念であったろう。
父に良く似た自分の姿に坂崎采女は動転し、おそらく混濁していた。
言うなれば、これまで深く沈めてきた良心の呵責が、表に出たというべきなのか。
自分を父、忠行と呼び、後孔に貪るように執着し、小者を押しのけてまで腰に縋る坂崎を哀れに思った。
ふと・・・全身の五感の感覚が薄れ行く弥一郎の目に、ころりと転がり込んだ糸手まりの、紅い色糸が染みた。
「むっ・・・?」
はっと意識を取り戻した弥一郎は、思わず叫んだ。
「月華っ。来るなっ!こやつは狂人じゃ。」
月華はしばらく兄の様子を見ていたが、どうにも辛抱堪らず、兄が張りつけられた格子に擦り寄ってきたのだ。
決して追ってはならないと言ってあったのに、笹目の目を盗み付いてきたのだろう。
「弥一郎にいさま。このような無体を受けて、お労しい。月華が必ず仇をとってあげます。」
健気にも兄の敵を討とうと、月華はこれまでのように細く煌くものを持って、敵の懐に入ろうとしていた。
格子につながれた手首の戒めを解こうと、小さな手で必死だった。
「よいしょ・・・、よいしょ。弥一郎にいさま、いま少し・・・」
「そのままにしてお逃げ、月華。懸命に走ってお逃げ。兄上が気をそらすから、兄上のことをきっと笹目に伝えるんだよ、いいね。笹目には、ちゃんと後の事を書いてきたから。」
その切羽詰った声音に、どうやらいつもと加減が違うと知り、月華は頷くとそっと部屋を抜け出そうとした。
しかし、弥一郎を残虐に貪っていた鬼が顔を上げ、どろりと紅く濁った目が月華を認めた。
「小童!」
鋭い怒声に射すくめられるように、月華はその場で動けなくなった。
「あ・・・あっ・・・鬼人じゃ。いや、いや、にいさま・・・怖いぃ。」
かたかたと、全身を恐怖に震わせて、月華は鬼の懐に引かれるまま抱かれた。
「愛いのう。そなたが忠行の倅、弥一郎か。どら、爛れた父の姿を傍でじっくりと見せてやろう。ここに座って目を背けずにじっと見るのだ。」
「いやあっ。いやあっ。にいさまっ。」
血を噴く兄の菊門に、これが最後の仇なのだと利口な月華の意識が冴えた。
懐に抱き込まれながら、必死で月華は腕を伸ばし城代家老にぷつりと傷を負わせた。
「つっ!」
鋭い痛みに、思わず坂崎は腕の中の月華を投げ捨てた。
腕に、小さな血の珠が盛り上がってゆくのを、ぺろりと舐め取った。
「そうか・・・。回船問屋相模屋と、町奉行とこれまでの殺しは全てお前の仕業かっ!おのれぇっ!」
「きゃああーーーっ!」
白刃が一閃して、月華の身体が半分に裂け奥の襖が、ばっと朱色に染まった。
ぼと・・・と鈍い音がして、右肩から胸の肉を削って、月華の白い腕が胴体から外れた。
「あ・・・兄う・・えぇっ!・・」
もんどりうって血まみれの月華が、畳に転がった。
飛ばされた右腕を必死に抱き、大好きな上の兄の許へと月華は這った。
「弥一・・・朗にいさ・・・・にいさまぁっ・・・!」
絶命前の、月華の切ない喘ぎを弥一郎は聞いた。
「だ・・いて。弥一ろうに・・さま・・・さむ・・・い。」
抱き寄せることもできず、兄は空しく愛おしい弟、月華の名を叫んだ。
足の指に、月華の小さな指がそっと絡む。
指先に力を込めて、ぎゅっ・・・と握りこんだ。
「にいさ、ま・・・月華は・・・お先に・・まいり・・ま・・」
それが絶命の瞬間、月華が兄に向けた言葉だった。
「月華あーーっ!兄もすぐに参るっ!紅い死人花を目印に、三途の川岸で待って居れ。」
口の端に細く紅い糸を垂らすように微笑んでがくりと事切れた幼い弟の死は、朦朧と意識が途切れがちな兄の眼には、もう映らなかった。
舞台の幕が引かれようとしていた。
月華ーーーーっ!
兄上の声は空しく月影に響くばかりです。 此花
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こちらで使用させていただいている美麗挿絵(イラスト)は、BL観潮楼さま・秋企画参加のみのフリー絵です、それ以外の持ち出しは厳禁となっております。著作権は各絵師様に所属します。
pioさま。鼻血ぷぷっの美麗イラストお借りしております。ありがとうございました。きゅんきゅんの可愛い和風綺麗お子さまです~~!時代物好きなので嬉しいといいながら色々、鬼畜な目にあわせてしまってごめんなさい。明日も、明後日もごめんなさい。
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