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小説・凍える月(オンナノコニナリタイ)・55 

そんな期待は、あえなく見事に消える。
6年も前に住んでいた場所なんて、子どもがそんなにきちんと憶えているはずなんてない。
だって、ぼくはまだ小学校にさえ上がっていなかったんだもの、とまるで言い訳のようにごちた。
不安で押しつぶされそうだったけど、町の中が明るいのが気休めのように心強かった。
夜も遅く、人通りはなかったけど、何故か光は消える事無く氾濫していた。
そして、明け方近くになってとうとうぼくは、見覚えのあるライオンの像を見つけたのだ。

「あった~!」

思わず、小さな声がでる。
エレベーターの位置に見覚えがあって、三階に行きさえすればよく着たね、待ってたよと言ってくれる人に出会えるような気がしていた。

でも、そんなよくできた上手い話は、おとぎ話だけだ。
エレベーター横の階段の上がり口に、うず高く積もった枯れ葉があった。
ぼくはここにはもう誰も住人がいないと、さっさと気が付くべきだったのかもしれない。
三階にあがって、右に三つ目の部屋。
目指す扉は、住む人の気配もなく固く閉ざされていた。
そっとノックしてみても、当然返って来る返事はない。
その隣の部屋に、ぼくはパパと二人で少しの間だけ住んでいたのだ。

伸ばされた手に縋って、ぼくは「えっちのお仕事」を止めて、パパの子どもになった。

「おじさん、みぃくんのパパになりたいんだ。」

すごく一生けんめい言うものだから、ぼくは思わずうんと言った。
目を閉じて縋った腕の中が、心地よかった。
ぼくをきゅうっと抱きしめて、温かい涙をぼくの首筋に転がしながら、静かに泣いたのはパパの方だった。

ノックの音は、誰もいない廊下に響き、反響はぼくを悲しくさせた。
誰も住んでない・・・マンションの一室。
行き場のない、ちっぽけな自分を「ほら」と、目の前に突きつけられたようで胸が痛くなる。
おじさんはいつから、この部屋を捨てたんだろう。
ぼくがいつか来るかもしれないと、おじさんは微塵も思わなかったのだろうか。

「あ・・・ママが死んじゃったから、ぼくはもう用済みなのかぁ・・・」

扉を背にして、悲しくなったぼくは、ずる・・・と座り込んだ。
この扉の向こうには、多くの撮影機材が熱を持って並んでいた。
カメラマンが寝台の上に転がされたぼくに声をかける。

「みぃ、お写真撮るよ。」

カメラマンは、独りじゃなかった。

「みぃ。いい子だから、ほら、おいで。」

「みぃ・・泣かずに足開いて、こっちに可愛いおちんちん、見せて。」

代わる代わるに、泣きながら視線を向けた。

「お仕事だよ、みぃ。」

「いや・・・いや・・・おリボンとって。」

「みぃ、もう終わるから、ほら最後の一枚。」

そんな「えっちのお仕事」を思い出しながら、膝の上に顔を押し付けて、ぼくは孤独に押しつぶされそうになっていた。
ぼくの居場所は、はるばるここまで来ても、どこにもない・・・。
ぼくは、誰にも必要とされてない・・・。
たった一つ遺された行き場にすら冷たくされたような気がして、ひとしきり泣いた後、うさぎのリュックに声をかけた。

「う~ちゃん。おじさんいなかったねぇ・・・」

マンションの冷たい鉄の扉に拒絶されて、ぼんやりと座り込んだままぼくは睡魔に襲われた。
今度、目を覚ましたときは、パパがお兄ちゃん達と一緒に迎えに来てくれて、ぼくを抱きしめてこういうんだ。

「海広。ごめんよ、パパは誰よりもみぃのことが大切なんだよ。」

「だから、ね?一緒に帰ろう。」

「パパ。」

・・・そんな夢のような言葉を、パパが今更言う訳などない。
自分で全てお終いにしてしまったのに、ぼくは都合よく忘れたかったのかもしれない。
その日は、固いコンクリートの上に、そのまま気を失うように倒れこみ、眠ってしまったみたいだ。
明け方、冷えて目が覚めた時には、自分の漏らした嗚咽でひどい頭痛がする、悲しい朝だった。



             第二章 ―完―



いつもお読みいただきありがとうございます。
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第三章はパパの視点で話が進みます。此花
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