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小説・初恋・43(遥かなり) 

横浜港に係留された、大型客船の甲板は、別れを惜しむ人で溢れかえっていた。


慌しく婚儀を終えた、芳賀改め湖上聡子も、夫の見送りに来ていた。


官費留学を許されて以来、未来を語る夫をとても頼もしく思っていた。


「あなた。お忙しくても、お手紙を書いてくださいませね。」


土産も何も要らないから、時々元気でいると知らせて欲しいと新妻は言う。


「必ず、書くとも。」


大きな旅行鞄を片手に、颯は約束した。
兄、清輝の面差しと聡子はよく似ている。

「さすがは、ご兄妹ですね。一目でわかりました。」


と、奏の供をする白雪がふふっと笑った。


聡子はと言えば、話には聞いていたものの近くに来た奏の容貌に、思わずうっとりと見とれてしまっていた。


「・・・夫として、ここは西洋風に手袋を投げつけるべきなんだろうか?」


囁く夫の声に、やっと反応して頬を染め素直な感想を述べた。


「お話では伺っていましたけれど・・・

わたくし、こんなに美しい殿方を見たのは、生まれて初めてです。」


「そうだろう。自慢の友人なんだ。」


「新しいおうちの玄関に、飾っておきたいわ。」


「よし。

聡子が言うなら、如月に頼んでみよう。」


奏は、苦笑するしかなかった。


聡子にそういわれた奏は、この後、渡欧先の外国でも気の毒な目に遭う。


経済について新しく学ぶために、休暇を取ってまで洋行したのに、現地でも容姿が原因で社交界に引き出され、ついには予期せぬ決闘騒ぎに巻き込まれることになる。


「黒真珠の貴人」だの「美貌のヘルマプロデュトス」だの、「黒髪のアンジョ」だの、羞恥で頭を抱えたくなるようなふざけた二つ名は、いくつも出来た。


「いっそ、斬られ与三郎のように傷でも付ければ、誰も構わないでいてくれるだろうか・・・。」


うんざりした奏は、鏡の前で真剣な顔で剃刀を取り出し、とうとう白雪を泣かせた。


・・・それはまた別の話だが、どこにいってもこの魅力的な美青年が目立つのは、仕方がないのだう・・・
颯はと言えば・・・


「兄上を、よろしくお願い致します。」


そういう妻に無論だと告げ、清輝に思い切りそれは逆だろうと失笑されている。


「奏さまは、どちらの方に行かれたでしょう?」


白雪は荷物の山に埋もれている間に、どうやら奏を見失ったようだ。


一際、密集した人の群れの中心に奏はいた。


ぎりぎりまで、新しい仕事の進行を指図していた。
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