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小説・初恋・40 

いつか建築家と約束した通り、颯はコンドルが講師を務める工大に、望みどおり進学した。


医学部へ入った清輝は猛勉強の結果、官費留学の狭き門をくぐり抜け、やがて二人は揃って一年間の渡欧の切符を手に入れた。


「私の教え子は、皆、優秀です。」


同窓生の中に優秀な官費留学の生徒を出して、華桜陰高校のモンテスキュウ教授は機嫌が良かった。


「如月君には、よく会うんですか?」


問われて、颯は首を振った。


「いえ。僕も会うのは卒業以来です。」

「鉄道事業が忙しいらしいですが、何とか時間を作ると約束してくれました。」


奏は祖父が亡くなったのを機に、ついに爵位を返上し実業家として仕事に邁進していた。


鉄道は国内に張り巡らされ、輸送需要は高く颯の父の鉱山の石炭も、鉄道を使って製鉄所へと運ばれる。


富国強兵に石炭はどれだけ有っても必要で、生産が追いつかないくらい、順風満帆な景気の良さだった。


その全てを運搬する列車の製造と、地方に伸びる線路の設置を、奏は手がけていた。


先見の明は、ほとんど天賦の才だと財界人は誉めそやしたが、結局ずっと湖西のすぐ側で学んだものも大きかったのかもしれない。


権力に執着した老人の、仕事へ向けた手腕だけは確かなものだった。

そんな多忙な中、仕事で会う颯の父に留学の話を聞き、外交官が逗留する広いホテルの一室で
一席を設けようと、奏が言ってきたのだ。


扉が叩かれ、白雪が顔を出した。


「遅くなりまして、申し訳ございません。」


「白雪!」


「如月!」


「ご無沙汰しております。」

久しぶりに会う友人は、変わらず花の風情だったがさすがに少女の面差しではなかった。


「凛々しくなった。身体はすっかり良いのか?」


思わず駆け寄った颯に、柔らかな笑顔をほころばせて向けた。


「ええ。季節の変わり目以外は。」


「事業の成功おめでとう。飛ぶ鳥を落とす勢いだな。」

「友人として、誇らしいよ。」


「あなたの父上のご成功も、おめでとうございます。」


若い美貌の青年実業家は、今や引き継いだ財産を数倍に増やして、銀行事業にも参画しようとしている。


久しぶりの教え子の姿に、安心してモンテスキュウ教授は退出した。


理事をする奏に、たまには学校の方へも顔を出してくれといい置いて。


「教授陣が、皆、一様に優秀なので、学校に関しては思うまま自由にしていただいています。」


「では、近々。」


長身の教授と並んでも、ほとんど変わらないのに、気付く。


入学時には、やっと肩に届くか届かないかだったのに。


つい、この間別れたような気がするのに、時間は確実に流れていた。


「今となっては、感謝を伝えるべくも有りませんが、結局は祖父が下ごしらえをして、僕はそれを大きくしただけなんです。」


「仕事に行き詰まった時などは、時折、祖父に無性に会いたくなりますよ。」


「もう、今生で会うことは叶いませんけど。」


この国の全てをやろうといった、如月老人は奏にそんな才能があると知っていただろうか。


「・・・おや?お姿が見えないようですけど、奥様はいらっしゃらなかったのですか?」


颯は頭を掻いた。


「今日は遠慮するそうだ。三ヵ月後の出立に向けて、荷造りが大変らしい。」


「そうですか、是非お会いしたかったのに。」

「如月は、結婚しないのか?」


「・・・結婚させたいんですか?

そうですね。では、僕よりも美人がいれば紹介してください。」


軽口は、相変わらずだった。


「あなたの認めた人となら、喜んで添いますよ。」


「う~ん・・社交界でも、如月より美人のご令嬢などに、会ったことがない気がする。」


「結婚は無理だ、如月。」


朴念仁は、大真面目に答えた。


奏は、楽しそうに笑った。

「いやだな。真面目に、答えないで下さい。

冗談なんですから。」


白雪と清輝は、強がる奏の心中を知っている。


いつか鳥の「刷り込み」と、清輝が揶揄したものがそこにあった。


だが、颯は飄々と流れる風のようで、いつも掴みどころがない。


知ってか知らずか度々残酷な発言を繰り返す颯に、白雪は時々清輝に向かって八つ当たりのように猛然と悪態を吐いた。
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