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小説・初恋・38 

白雪省吾様

父上に、お願ひし度しと思つたるも、會つても下さらぬ。

餘が死んで、忠義な君の手に渡る事を願ふ。

狂人の手に、養育を任せる事丈は囘避し度いのにて候。

君の手元で育てられないならんか。

どうか、心中よりお願ひす。



父上様

斯くの如き病さへ得ざりしらと思ふと、奏一郎は口惜しく、殘せらるゝ奏が不憫でなり候はず。

悉くを、長い不遇の時代のせゐにしてはなりませんし、如月の家は餘の代で終はりにせる積りにて候。

ご安心被下度御願申上候。

父上の背負ひきれない大罪は、奏一郎が彼岸迄共に被り、地獄迄お供仕り候。

ご期待に背き、逆縁の不幸を致候。

悉くを見通す天に。

お側に居て、父上をお留めできなかりし不肖の息子をお許し被下度御願申上候。



奏樣


一つ丈大切なる事を書いておく。

自分の命よりも大切な人が出來たら、如何なる事をしても良いから守り拔く事。

餘が奏を、何れ丈大切に思ひたるか傳へる術がないのが、もどかしき計りにて候。

父は、病を得て君を守る事が出來候はず。

只管に、君の成長と君の幸せをのみ願つて居候。


<訳>

白雪省吾様

父上に、お願いしたいと思ったが、会っても下さらぬ。

私が死んで、忠義な君の手に渡ることを願う。


狂人の手に、養育を任せることだけは回避したいのです。

君の手元で育てられないだろうか。

どうか、心よりお願いする。





父上様

このような病さえ得なかったらと思うと、奏一郎は口惜しく、残される奏が不憫でなりません。

全てを、長い不遇の時代のせいにしてはなりませんし、如月の家は私の代で終わりにするつもりでした。

ご安心下さい。

父上の背負いきれない大罪は、奏一郎が彼岸まで共に被り、地獄までお供仕ります。

ご期待に背き、逆縁の不幸を致します。

全てを見通す天に。

お側に居て、父上をお留めできなかった不肖の息子をお許し下さい。




奏様


一つだけ大切なことを書いておく。

自分の命よりも大切な人が出来たら、どんなことをしても良いから守り抜くこと。

私が奏を、どれだけ大切に思っているか伝える術がないのが、もどかしいばかりです。

父は、病を得て君を守ることが出来ません。

ひたすらに、君の成長と君の幸せだけを願っています。



奏は、いつかのように颯の前で、長いこと静かに泣いた・・・・


ぽたぽたと、涙の溜まりが出来た。


白雪の父親に託された、胸の痛くなるような自分への思慕が込められた乱れた筆跡。


文字通り、血を吐くような哀切の思いに溢れていた。


誰も救ってくれなかった孤独な地獄で、祖父の暴力に耐え、身も心も青ざめるほど血を流した。


閨房での恐ろしい背徳の辱めも、人事のように眺めた多くの殺戮も、父が幼い自分を祖父に遺託したからだと思っていた。


短い文面に、汚れた芯が、清らかなもので覆われてゆく気がした・・・・


「父上・・・」


「奏は、思い違いをしておりました・・・」


「筋違いの、お怨み申し訳ございません。」


墓に花を手向けて、奏は詫びた。
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