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小説・初恋・37(父の遺言) 

遺言について、奏に何故知らせなかったのか、清輝は疑念を白雪に投げてみた。


「殿様が、どうあっても奏さまをお放しにならなかったのです。」


「奏一郎様が、不幸にも病に倒れてからは、尚更、片時も。

父が言うには弾薬が雨あられと降りそそぐ九州討伐にさえ、幼い奏さまをお連れになったそうです。」


執着の余り理性のたがが外れ思考が混濁しても、跡継ぎを失いたくないと言う、妄執の意識だけは残ったのだろうか。


殺戮の場を転々としながら、鬼人のように働く湖西の傍らで、右手の血刀が肉を斬り、スペンサー銃が骨を砕くのを見続けた奏。


「・・・まともな者なら、おかしくなる・・・」


思わず、口にしてしまった清輝。


奏のあおった強い酒の理由が分かった気がした。

「まだ、奏一郎様が療養中の頃、奏さまの養育係が亡くなりました。」


「奏さまは自分が原因だと思っているようですが、本当は殿様が夜伽を無理強いしたのが原因です。」


「嫁入りが決まっていた娘だったそうですから。」


「奏一郎さまの容態が悪化してから、奏さまへの執着は激しくなりました。」


「逃れ損ねて、滅多打ちにされた現場で、父は気を失って倒れた奏さまを見つけました。」


財力と野心と権力が集中すると、何をしても許されると思い込んでしまうのだろうか。


「如月には、気の毒なことだね・・・。」


「それから、父に乞われて私はいつも奏さまのお側に。

どうあっても、奏さまのお命だけは、お守りするようにと。」

「奏一郎様は、何より奏さまのお身を案じて遺言を残されたのです。」


ご覧になりますかと言って、白雪は、傍らの和綴りの帳面を広げた。


「いつか折を見て、奏さまにお渡しするようにと、父から預かりました。」


「お二方と知り合えて、本当に良かった・・・。白雪は、一生このご恩を忘れません。」


清輝は黙って、白雪を抱き寄せた。


「・・・?芳賀さま?」


「困った。僕も白雪を膝の上に乗せて、頭を撫ぜてやりたくなった。」


「本気で、怒りますよ。」

「父宛てのものです。ご覧になってください。」


「何枚かに分けて、殿様と奏さまの分もございます。」


「うん。」


「いつ頃、書かれたもの?」


「奏さまが、7つの頃です。」


「何日も、お食事を召し上がらないと賄い方から連絡が来て、父がお部屋を覗いて確認したときにはもう・・・」


「お亡くなりになった後でした・・・」


その字は細く力のないもので、病床の奏一郎が残された時間の中で懸命に書いたものと、一目でわかる。


広げた面に赤黒く散るのは、喀血の痕だろうか。
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