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小説・初恋・19 

颯は、何もしらなかったが政財界に顔の利く「如月湖西」という人物は、余人を寄せ付けないほどの強大な人脈と広大な領地、一代では使い切れぬほどの財産を誇っていた。


知らないで済むなら、颯の耳に入れたくない話も如月侯爵に関しては多く、父はその話に触れるのを止めることにした。


自分にとって、必要かどうかは颯が自分で決めれば済むことだ。


室内管弦楽の華やかな演奏が、大広間で始まった。


紳士淑女は手を取り合って、明るいアーク灯の下、舞踏の世界に進み出た・・・


「如月は?」


「さあ・・・この人ですからね。その内、巡り会えるでしょうよ。」


なるべく、踊りの輪から遠ざかるように、二人は飲み物のグラスを持ったままじわじわとテラスのほうへ移った。

湧き起こる拍手と、ざわめきと共に現れた当主の如月湖西と、その秘蔵の孫、奏。


大柄の押しの強い侯の横で、奏は一際華奢に見える。


優美な物腰で花から花へとわたる移り気な蝶のように、奏はご婦人達の熱い視線を浴びながら、挨拶をして回った。


「ご覧よ、眼差しの熱いこと。

ご婦人方は、綺麗な殿方がずいぶんお好きらしいね。」


清輝は、回ってきた奏に、面と向かって嫌味を言う。


「着物だったら、ご婦人からの付け文で、袖が重くなるところだな。」


そんな嫌味が通じるわけもなく

「さあ・・・。

ぼくに言い寄ってくるのは、ご婦人ばかりでは有りませんけど。」

と、あっさりと返されてしまった。


「それよりもね。

あなた方の事を、随分聞かれましたよ。

どちらの若様ですかって。」


「ほら、ご令嬢達が誘ってくれるのを待っているじゃ有りませんか。」


「最初にどなたの手を取るのか、皆様色めき立ってお待ちです。

どうなさいます?」

「満座の中で、女性と腰を振って踊るなんて・・・。」


「やっぱり、僕には無理だ。」


逃げようとする颯に、奏が片手を広げ通せんぼした。


「敵前逃亡ですか?」

「もうすぐ、コンドル氏がいらっしゃるのに・・・?」


もし誰かの手を取って、面倒なことになるのなら練習相手の奏と踊るほうがましだと思ったが、そうもいかないだろう。

顔は少女の面差しでも、奏は夜会用の正装、燕尾服をまとっていた。

申し込んで、否と首を振られるのもいやだった。


「・・・仕方がない。

清輝、歌え。」

そういい置くと、颯は広間の中で母を捜し、扇子を借りた。

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