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小説・約束・61 

凛斗はたった一人父の祖国へ渡り、義足をきちんと装着するための手術を受けた。
爆風で吹き飛ばされ、ささらに断裂した足は、日本の外科技術ではまともに形成できなかったのだ。
義理の父親が硫黄島で亡くなったと聞き、傷心の良平を思って飛んで帰りたかったが叶わなかった。
トマスがつてを頼って入院加療させた大学病院では、今、無理をすると運動能力に差し支えるだろうと言う。
白い壁に囲まれた一人の病室に貼られた、義父、良輔からの葉書きが凛斗の支えになっていた。

『海と空が一つに溶け合う場所で、僕の大切な家族と日本を思います。
君達の父、佐藤良輔』

親身に世話をしてくれる、外国の介護人はどこか民さんのようなんだ、と凛斗は良平に手紙を書き送った。
そしてこのままリハビリが終わったら、生まれた国で、建築の勉強をするつもりだ・・・と。
未来は、いつも君のものだよ・・・と、実体のない思念が優しく囁いたのを凛斗は忘れない。
亜米利加には、白人礼賛者が多く人種差別は激しかったが、学ぶことは多く怖れることは何もなかった。
寝る間も惜しみ言葉の壁を乗り越えて、凛斗は教師が舌を巻くほどの勢いで学んだ。
授業料も殆ど奨学金でまかなえるほどの優秀さで、飛び級を重ねた凛斗が見上げた空は、懐かしい人と国に続いている・・・
日本の進駐軍で働くトマスは、農地改革で佐藤家の土地が多く失われるのを心配して、度々佐藤家を訪れたが印象は、初めて訪れたときと、まるで変わりないように見える。
田畑を失い泥水をすすっても、他の敗戦国と違いこの国では、人としての矜持は失われることはなった。
踏まれても立ち上がる雑草の強さと、夜星朝星の勤勉さを特異な民族性とするなら、自国と比較しても特筆すべきだとGHQの総司令も驚いていた。
おそらく、復興はとても早いだろう。
保身に走る軍の上層部よりもはるかに澄み切った心で、『現人神』といわれた男に向けられた国民の敬愛の情と、佐藤良太郎という田舎の地主に向けられた小作たちの情を比べるべくもないが、どこか似ていると感じていた。
土地が自分たちの物になっても、小作たちは相変わらず佐藤家に年貢を運んだ。
だからこそ、凛斗は生きながらえたのだろう・・・
続木家で凛斗の心身に加えられた恐ろしい出来事を知り、愕然としながらも、トマスは佐藤に預けた選択が間違ってはいなかったと確信した。
亜米利加でも、二つの祖国を持った者たちの苦悩は、計り知れなかった。
故国に翻弄される二世、三世の苦しみをトマスは祖国で数多く見てきた。
何も生まない砂漠の有刺鉄線の向こうから、両親の為に志願した若者達が、望んでドイツとの前線に送られた。
彼らは両親の愛する日本と同盟国を敵に回して、雄々しく武器を取った。
彼らの望みは、たった一つ。
故国が両親を排斥しないこと。
やがてトマスは新しい憲法の草案に立会う仕事を終え、日本を離れることになる。
別れを告げに訪れた佐藤家では、海を臨んだ高台にある良輔の真新しい墓標をたずねた。

トマスは深々と頭を下げた。

「サトウ・・・約束を守ってくれてありがとう。」

「君が守ってくれたおかげで、ぼくは何も失わなかった。」

もう少し、早く佐藤を発見できていればと、トマスは歯噛みしたがそれもまた、受け止めるべき運命なのかもしれない。
再び、佐藤に会いにこの地に来たいと願った・・・
国交が再開され、日本へと向かう船が、人々を急かすように出航の汽笛を鳴らしている。
重い雲は垂れ込めていたが、いつかのように耐え切れずに漏らした低い嗚咽ではなく、明るい子供の歌う声がどこからか聞こえてくる。
船の出る場所は同じだったが、目に映るのは20年前と違った光景だった。

「凛斗、元気で。」

「お父さん・・・」

束の間の別れを前に、どんなに抱き合っても名残は尽きなかった・・・
コツ・・と、乾いた義足の音が、跳ね橋へと向かう。

「このまま、ここに・・・」

居てくれないか、と言いかけて、父はふっと頬を緩めた。

「又、会おう。未来は、君のものだ。」

重いトランクを提げた、凛斗が振り向いた。

「ありがとう、お父さん。」

自分を求めて泣いた、少女の格好の面影は今はかけらもない。
母に貰った細い黒髪と、父に貰った海色の瞳を輝かせて、細身の端整な青年はいつしか父の背を越えた。
大学での机上の勉強を終えた後、凛斗はしばらく設計事務所で働いた。
これから亜米利加本国からの派遣建築技師として、日本で働くことが決まっていた。

「あ、お父さん。」

何かを思い出した凛斗が駆け戻ってきて、トマスの耳元で、囁いた。

「ぼくが良平の病院を建てたら、見に来てください。」

「約束ですよ。」

「約束・・・?」

「ええ。」

「約束は、何があっても守らなきゃいけないんです。」

出航の合図に急かされて、船に乗り込む最愛の息子の輪郭が滲んだ。
全ての時間と、海と空が溶けた・・・

遥かなり・・・

「約束」は守られた。









              -完ー
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1 Comments

此花咲耶  

拍手コメントさま

(〃゚∇゚〃) コメント、ありがとうございます。

長いお話を一気読みしてくださったんですね。
悲惨な個所もありますが、最後が読後感が良ければいいと思いました。
どんな悲しい過去も、明日に続くと思っていただければうれしいです。

きゅんきゅん~(*⌒▽⌒*)♪

2012/06/17 (Sun) 22:18 | REPLY |   

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