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愛し君の頭上に花降る 14 

祥一朗は帰宅後、二人を部屋に案内した後、最上家令の部屋まで出向き勝手を詫びた。

「最上さん。急に客を招くことになってすまない。厨房にも余計な手間をかけさせてしまった」

「いいえ。ご心配には及びません。そのくらいのご用意は、いつもできておりますよ。甲府から届いた葡萄酒も冷えておりますから、後程お持ち致します」

最上家令は静かに笑顔を浮かべていた。
偶然を装い、望月医師と結城青年が出会うように仕向けたのは、正解だったようだ。
望月のこれまでの傲慢な態度は鳴りを潜め、鳴澤の前で歓心を買うために、卑屈なその場しのぎを口にすることもなくなった。
何より、以前のように明るくなったと、最上は思う。
望月医師の最愛の妹でもある鳴澤夫人が生きていた頃のように、柔らかな雰囲気を湛えて結城青年を包み込むように見つめているのが、微笑ましかった。
おそらく愛するものが傍に居さえすれば、落ち着き満たされる質なのだろう。

「ところで、お連れになったお客さまは、どなたですか?どこかでお見かけしたことがあるように思うのですが……」

「ああ……彼は瀬津くんと言ってね、秋星の同級生だそうだよ。元華族だそうだから、最上さんもどこかで見知っていたかもしれないね」

「そうですか」

秋星の知り合いと聞いて、最上家令は内心微かに波立つものを覚えた。
秋星に思いを寄せる祥一朗の態度は分かり易く、はた目にも過度に入れ込んでいる様子が見て取れる。
望月のためにも、出来ればこのまま秋星が波風を立てずに、平穏に傍に居てくれればと思う。
だが、祥一朗にとって、折悪しく出会ってしまった知古の瀬津と言う青年の存在が、二人を引き裂く重大な荼毒(とどく)にならないだろうか。
秋星を手に入れて、やっと本来の自分を取り戻したかに見える祥一朗が、この先、激しい落胆の憂き目に遭わねば良いがと、最上家令は祈らずにいられなかった。

食事を終えた秋星は、窓辺に頬づえをついて、ぼんやりと夜空を眺めていた。
グラスを手に、祥一朗は傍に寄った。

「瀬津くんと積もる話をしたかい?」

食事が終った後、自分も居候の身の上なのだから早く引き揚げるようにと、秋星は瀬津に冷たく告げたらしい。

「……ええ……と、言いたいところですけど、過去を懐かしむつもりはないので、早々にお引き取り願いました」

「ずいぶんとつれないことだね。君と夕餉を共にして、あれ程嬉しそうだったのに」

「……一方的に聞いてもいない話をして帰りましたよ。彼は、旧財閥の起こした銀行に実力で入ったそうです。金で爵位を買った品のない家柄だと、華族の方々にずいぶん陰口を叩かれていましたけれど、今やいっぱしの銀行家気取りです。結局、瀬津の方が戦後の混沌を生き抜く力を持っていたという事なんでしょうね。もし、ぼくが金銭面で困っているなら、できるだけ援助したいと言っていました。全てわかっているなら、いっそ囲ってやるとでも言えばいいのに」

秋星は自棄的に吐き捨てた。
その内側にある複雑な感情に、祥一朗は触れた。

「それは本当に、施しだろうか?君が困っているのなら、何とかしてやりたいと親身に思ったのかもしれないよ。秋星もぼくの前に居る時のように、素直になれればいい」

祥一朗の胸にとんと頭を預けた秋星は、呟く様にひとりごちた。

「アンドロメダを救うペルセウスにでもなるつもりなんでしょうよ。夜空を見上げるたびに、そんな事を考えていたなんて聞かされても迷惑です」

「秋星……嬉しい時は、素直に喜ぶものだよ。ぼくも大概ひねくれ者だが、今は少しは感情を上手く表現できるようになった気がする。過去に囚われていても、何も良いことはない。君もぼくも誰にはばかることなく、幸せになってもいいんだ」

「祥一朗さん……あなたは、ぼくを救ってくれました。とても……とても感謝しています」

「そう?」

細いあごをついと持ち上げると、祥一朗は乾いた唇にそっと触れた。
ぎこちなく応える舌を追いかけて、深く口づける。
愛ではなく、秋星は感謝を口にした。
秋星の胸を占めているのは、自分ではなく突然現れた瀬津なのだろうと、感の良い祥一朗は気づいていた。





火 木 土曜日更新の予定です。
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