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愛し君の頭上に花降る 13 

視線をさまよわせた秋星をその場に残し、祥一朗は先程の洋装店に戻って、車の手配をした。
祥一朗にとって秋星は、肌を合わせただけの情事の相手というだけではなく、これまで手の内から失ってきた愛する者達が、目の前で具現化したような気がしていた。

肉親の中で、ただ一人、自分を兄と盲目的に慕ってくれた妹も今はなく、大切に思って来た忘れ形見もすでに自分の手を必要としない。
不運にまみれた儚げな横顔を持つ、白皙の美青年に芽生えた感情を、祥一朗は困惑しながらも大切にしたかった。
今度こそ、自分の傍から泡沫と消えてしまわぬように、そっと掌中の玉のごとく慈しんでやりたかった。
出会いから、それほど時間を経てはいない。だが、祥一朗の中で秋星の存在が少しずつ大きなものになってゆくのを感じていた。
感傷的な言葉でいうのなら、それは運命という甘やかな二つ名を持つのかもしれない。

そんなことを考えながら、秋星の元に急ぐ祥一朗の目に、表通りで争う二人の姿が見えた。
物見高い周囲の人々は、遠巻きにしている。

「秋星っ!?」

傍に黒塗りの車が停めてあって、男は抗う秋星の腕を取り強引に連れ込もうとしていた。

「貴様っ、秋星に何をする!」

腕を掴んで直も、その場から秋星を連行しようとする男に、祥一朗は血相を変えた。

「どこの何某か名を名乗り給え。白昼堂々と、ぼくの連れを拉致しようとは、どういう了見だ」

襟首を掴まれた男は、連れという言葉にはっと気づくと、顔を真っ赤にしその場で非礼を詫びた。

「……すみませんでした。連れの方がいらっしゃるとは考えもせず……無礼をお許しください。ぼくは、結城の同級生で、瀬津といいます」

「知り合いなのか?」

秋星は何も答えなかったが、男は力を込めて話をした。

「学習院で共に学びました。東京を離れて疎開先で終戦を迎えてから、ずっと結城を探してきました。……車上から姿を見かけて、周囲のことなど何も考えず、思わず手を取ってしまったのです。この場で出会ったのはまったくの偶然です」

「……学習院か」

元々、京都で公家の教育機関として作られた学習院は、華族の子弟ならば、優先的に入学が許された。
本来ならば、祥一朗も入学を許されたはずだった。
戦後、私立学校としての道を歩み始めた学習院の同級生という事ならば、この青年も以前は華族の末席に居たのだろうか。

「昔の話です。子供の頃には家族同然に暮らしていました。でも……成人してからは会ったことがありません。彼とは、住む世界が違ってしまいましたから……今後、会う理由もないと思います。落ちぶれた級友を探しだすことに、何の意味があるでしょう」

秋星は視線を外したまま、冷ややかに告げた。

「結城家が離散したと聞いて、ぼくは必死で君を探した。君を探すために、何でもしようと思った。君の置かれた境遇や、ご両親の事も調べたけど、ぼくは非力で何もできなかった。でも、本当に君を心配したんだ。君が落ちた苦界から、何とか君を救おうと思って……君が現れそうな場所を探して……」

パンと青年の頬が鳴った。

「あなたは、何をしたいんです。……ぼくの恥部を大声でわめいて、往来で晒しものにする気なんですか?それがあなたの正義ですか?」

「そんな……!秋星。ぼくはただ……」

「迷惑だといってるんです」

純朴そうな青年は責められて青ざめ、気の毒なほど狼狽していた。

「秋星。知り合いにそんな意地悪を言うものではないよ。折角だから、鳴澤の家に彼を招待しよう。食事をしながらゆっくり話をすればいい。どうかな?」

「どうか、そうさせてください。重々、図々しいことを言っていると分かっています。しかし、この機会を逃したら、もう二度と会えない気がするのです。話がしたいんだ、秋星」

秋星は余り歓迎していない風だったが、祥一朗は半ば強引に青年を招待した。
不機嫌そうにじっと黙したまま、秋星は車窓から外を眺めている。
流れる景色の背後で、祥一朗と瀬津の会話を聞いている秋星の瞳は、何を思ったか濡れていた。




火 木 土曜日更新の予定です。
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