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愛し君の頭上に花降る 11 

思いがけず手に入れた、片翅のような美しい青年を、祥一朗は片時も離さなかった。
薄々気づいた秋星の過去を深く詮索することもなく、その後の祥一朗はひたすら包み込むように、守るように彼を愛した。

連れ立って出かけると、周囲の好奇な視線に目を伏せる秋星に、何も恥じることはないのだからと微笑み、衆人環視の中でさえ堂々と秋星に触れた。
愛する人を得て、元華族の祥一朗の根拠のない不遜な自信が戻りつつあったのかもしれない。
何より、庇護の必要な存在ができたことが、祥一朗を強くしていた。

祥一朗は常に医療鞄を携帯している。
秋星は、小さな鞄を持って軽快に歩く祥一朗の後ろを、半歩下がって小走りに追った。

「祥一朗さん。今日もその鞄を持って行かれるんですか?」

「ん?……」

「だって……今日は休みだから映画を観に行って、そのあと洋食を食べに行こうっておっしゃっていたから、邪魔にならないのかしらと思って……」

「ぼくは夜会でもこれを持っていただろう?忘れたの?」

「あ……」

「大した医者ではないけど、それでも時々は、誰かの役に立っているという自負がある。だから、いつ何かが起きても、その場で簡単な治療くらいはできるように、最小限の道具は常に持ち歩いているんだ」

「そうだったんですか」

秋星は、柔らかな微笑みを浮かべた。

「そういえば、旧華族の集まりで、急な歯痛で失神したご婦人がいてね、部屋を借りて抜歯したこともあるんだよ」

「抜歯?それは大変……その方は大丈夫だったんですか?」

「気を失っている間に、クロロホルムをかがせて目が覚めた時には、すでに治療は済ませて
いたんだよ。色々民間療法に頼っていたらしく、もう抜くしかない状態だった」

「まあ」

目を丸くした秋星に、祥一朗は笑った。

「こう見えても抜糸にかけては、ぼくはそこいらの歯科医よりもいい腕のようだよ。痛みが無くなったって、随分感謝された。それ以来、何度もあちこちの邸に招かれては、こっそりご婦人方の抜歯をしている。本当はぼくは内科医なんだけどね。彼らにしてみたら、きっと都合がいいんだろうね」

「じゃあ、これは魔法の鞄なのですね」

「魔法?」

「ええ。ぼくにも魔法をかけてくださいましたから」

「秋星。魔法使いの弟子になる気はある?」

石畳を歩きながら、何気なく祥一朗は足を止めた秋星に問うた。

「看護助手を探そうと思っていたんだ。昔で言うなら、書生と言ったところかな。ぼくの傍で仕事をする気はない?」

「……ぼくは……これまで、まともな仕事に就いたことがありません。この手が祥一朗さんのお役にたつでしょうか」

「ぼくはね、ぼくのこの手が、君の役に立てばいいと思うよ。大した医者でもないぼくを、君は羨ましいと言ってくれた。それにぼくの顧客は、元華族や旧財閥の人間ばかりなんだ。礼儀を教える必要がないだけでも助かる。医療行為を手伝ってくれというつもりはない。本当のことを言うと、ずっと傍に居て欲しいだけなんだ。迷惑だろうか?」

「祥一朗さん……」

浮かんだ涙に、この申し出が決して不愉快なものではなかったのだろうと安堵する。

「映画の前に、採寸に行こう」

「え?」

「書生になるからには、それなりの格好をしなくてはね。行きつけの店が銀座にある。行こう」

足を止めてしまった秋星を直も促すと、困惑した目を向けた。
祥一朗の着ているシャツは、貝釦の裏側まで一つ、一つまで丁寧に磨いているような丹精されたものだ。その手仕事の対価は、今の秋星にとってとても手の出ない代物だった。

「誂えの洋服を仕立てるなんて、ぼくには……あの……」

「心配はいらないよ。新調した背広は、仕事着として支給する。きっと君には菫色のシャツが似合うと思うんだ。そうだね、前立てに細かいフリルをあしらって……うん、出来上がりを想像しただけで、気持ちが弾むね」

秋星が着ている自前の洋服は、お世辞にも上等な物とは言えなかった。
祥一朗との出会いの場では、最上家令が祥一朗好みのものを一式準備したのだが、今日身に着けているものは、それとはまるで違っている。
古びた生地の表面は毛羽立ち、この一着を相当使い込んでいるのは一目でわかる。
肘のあたりは擦り切れ、細身に添わない見頃には、妙な皺ができていた。
余りのみっともなさに、さすがに自分を白昼あちこち連れて歩くのは、はばかられると思ったのかもしれない。
店のガラスに映る自分のみすぼらしさに気づいて、秋星は消え入りたい心境だった。





火 木 土曜日更新の予定です。
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