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愛し君の頭上に花降る 3 

終戦を迎え、祥一朗は初恋相手の住んで居た辺りに出かけ、懸命に米屋を探した。
せめて彼の生死だけでも知りたかったが、辺り一面、焼け野原になり、捜し歩いても初恋相手の実家の米屋の看板すら見つけられなかった。

やがて、進駐軍の手により華族制度が瓦解した。
それまでは子爵として国から多大な恩恵を受けていた望月家も、これからは自らの才覚で生きてゆかねばならない。
周囲には環境の変化に対応できず、労働の対価として収入を得る術を知らないまま落ちぶれてゆく華族が大勢いた。
ある華族は、香具師に足元に付け込まれた挙句、家財を安く買いたたかれた。
国宝級の絵画や陶器が、一週間分の米に変わり、深窓のご令嬢は家族を守るため、身売りをするように金持ちの老人に嫁いでいった。

祥一朗の父、望月子爵は、戦前から地方に広い農場を手に入れていたため、当面の暮らしに関して心配はいらなかった。
農地改革で、かなりの農地を手放さなければならなくなったが、甲府の地での葡萄酒の生産も、軌道に乗っている。
東京にある子爵邸は、進駐軍に接収されることになったため、中部地方へ引っ越しを余儀なくされた。
旅立つ前日、父は祥一朗に引導を渡した。

「わたしの援助もこれが最後だ。これからは、お前のやることに口出ししない。自分のした事に責任を持つように」

「はい」

見送る祥一朗に、父は最後に高額の為替を渡し、独り立ちするための餞別だと告げた。
祥一朗は、妹が嫁いだ鳴澤家に義兄に誘われるまま滞在することにし、子供たちの主治医として居場所を見つけた。
だが、おとなしくしていたのは最初だけで、家長の鳴澤が留守がちなのをいいことに、だんだん鼻持ちならない素が表に出始めた。
姪の由美子が腎不全による敗血症で亡くなり、体の弱い妹も続けざまに亡くなると、鳴澤は一人息子の郁人を守るためになりふり構わず躍起になり、助言する立場の祥一朗の態度は、ますます尊大に傍若無人になってゆく。
鳴澤のいないときには、まるで主人気取りで不遜にふるまい、使用人を辟易とさせた。

そのころ、鳴澤の愛人だった深川芸者の息子が見つかったと知らせが入った。
腎臓に疾患を持つ甥の為に、保険を掛けるつもりで、義弟の鳴澤に子供を作るように勧めたのは自分だった。
だが、いざ浮浪児が二人も家に入り込んでくると、自分の居場所が脅かされるようで、不愉快で仕方がない。
思いがけず息子を得て、手放しで喜ぶ鳴澤も気に入らなかった。
こうなると、祥一朗を支えるのは華族としての誇りだけだった。
不愉快ではあったが、祥一朗なりに病弱な甥の為にできるだけの努力は惜しまなかった。
鳴澤の望み通り望月子爵の血を引く嫡男を守り、鳴澤の直系を存続させるためには下賤の血が流れた浮浪児の腎臓を甥の身体に植えるしかないと、自分を納得させた。

腎移植の為に鳴澤が引き取った子供は、芸者だったという母親に似て見目だけは麗しかった。
傍に居る血のつながりのない兄に、大切にされているのを見るたびに、大人げなく無性に傷付けてやりたいと思ってしまう。
当たり前のように愛情を甘受する憎たらしい餓鬼だと思えば、多少の悪戯も許される気がした。
こっそりと幼いセクスに悪戯を仕掛け、涙ぐむのを見て溜飲を下げた。

一方で、失った恋の代償を求めるように、祥一朗は夜な夜な一夜限りの相手を探した。
戦争帰りの女装男娼が群れる公園の街灯下で、顔を覗き込むようにして相手を決めてゆく。
誰かを探しているのかと聞かれ、戦地の話が聞きたいんだと答えた。

「君は戦地からの引揚者?」

「ええ、そうよ。あたし、ラバウルで通信兵だったの」

「部隊の人間は?」

「皆、玉砕したわ。兵站(へいたん・食糧調達のこと)がうまくいかなかったから、飢えて死んだの……酷い有様だった……死体の道が延々とできていたのよ。白骨街道と言うのですって」

荒れた肌に白粉を叩き、シナを作る男娼の中に初恋相手の面影はなかったが、彼と同じ場所にいたかもしれないと思うだけで、祥一朗は熱くなった。
潤いのないごつごつとした肢体が汗ばんで、おずおずと祥一朗を包み込む。
男色は、軍隊で上官に仕込まれたと男娼は言った。

男だけしかいない戦地で、力のないものが虐げられる。
誰も助けてくれる者はいなかったのだと……。

「こんな風体になってしまっては、もう故郷には帰れない。お国の為に行ったのだけれど、生きて帰っても……これじゃ身内が泣くもの……」

髭の浮いた男娼は、寂し気に遠くを見て涙ぐんだ。
祥一朗は、いつか初恋の人と巡り合って、こうして睦みあえるかもしれないと、甘い夢を見て夜ごと男娼を漁ったが、初恋の人に会うことはなかった。
視力の弱かったあの人は、遠い南方の密林で遥か日本に続く空を見上げて、一度くらいは祥一朗の事を思い出してくれただろうか。




火 木 土曜日更新の予定です。
どうぞよろしくお願いします。



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