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明けない夜の向こう側 第三章 18 

移植手術を受けた後、これまで透析で栄養を取られていた郁人の身体は、目に見えて成長した。

「おや、郁人くん。また、身長が伸びたんだね」

「はい」

定期検診に訪れた郁人の顔は薔薇色で、細身ではあったがすっかり健康的だ。
少年の面影を残しながら、病に打ち勝った郁人は大人になろうとしていた。
細面の秀麗な顔は、亡き母に似ている。

「印南先生のおかげです。透析は苦しくて、いつも嫌だったけど……今は免疫のお薬だけだから、とても楽なんです」

「そうか。手術前に素晴らしい新薬ができて、君は本当に運が良かった。神仏に父上の祈りが通じたんだろうね」

「先生はお医者さまなのに、神仏のご加護を信じるんですか?」

「勿論。君の手術だって、自分の力だけで上手く行ったなんて思ったことはないよ。生体腎も拒否反応もなく、うまく定着したし、君の母上やお姉さんのご加護もあったと思う。ともあれ、これからはこれまで我慢してきたことを、たくさんするといいね」

「はい……あっ……」

ふいに一陣の風が郁人の前髪を乱し、どこかの桜木の花びらが、祝福するように周囲を舞った。

「ぼくは今、腎臓普及協会の事務を手伝っています。きちんと学校に行けていないから、色々勉強をしながらなんですけど、ぼくと同じ病気の人は全国に大勢いるし、患者の気持ちを一番理解できると思うから、無理を言ってお願いしました。これから先も、腎普及の役に立ちたいと思っています」

印南教授は大きくうなずいた。

「人には誰にでも成すべきことがある。君は自分のすべきことに気づいた。何も無駄なことはなかったということだね」

「ええ。でも、父は未だにぼくが何かをするのが、心配で仕方がないみたいです。先生が太鼓判を押してくださらなかったら、以前と同じように家から出られなかったかもしれません。だから、厚生省のお役人とか、銀行の偉い人との面談の時は、親のコネを盛大に利用しています。鳴澤の息子ですって名乗ったら、たいていの人は話を聞いてくれますから」

「それはいい。父上は方々に顔が利く。大いに利用したまえ」

「そうします」

ふふっと、楽しげに笑った郁人の顔に憂いはない。
鳴澤が全身全霊をかけて救った命が、これからは自分の足で新しい道を力強く進んでゆく。
免疫抑制剤を使用したことで、抵抗力が落ちたり、この先もずっと薬を飲み続けなくてはならなかったりする不便はあったが、郁人の未来は明るかった。

「笹崎。仕事に戻る。協会に戻ってくれ」

車には笹崎が待っていた。

「はい。食事はどうなさいますか?」

「お父さまと最上が心配するから、なるべく家で食べるよ。それより、これ見てよ。普及会の社団法人化を進めるには、これだけの人と会うのが必要だなんて、リストを拵えてくれたのはいいんだけど、顔ぶれを見ただけで怖気づきそうなんだ。」

郁人はリストをひらひらと振って見せた。

「政財界のお偉方の名前がずらりと並んでるんだ。面会の約束を取り付けるのが、また一苦労なんだよ。お父さまったらあんなに過保護だったくせに、元気になったとたん、甘えずに何でも一人でやってみろっていうんだよ」

「社長なりの獅子の子落としなんでしょうね。今は陸さんにかかりきりですよ。鳴澤興産の後継ぎとして早く一人前になって欲しいようです。時間がどれほどあっても足りないっておっしゃっていましたよ。郁人さまもいつまでも可愛い郁人さまのままじゃいられないってことですね」

「陸お兄さまがいてくれてよかったよ。ぼくじゃとても、お父さまの会社の屋台骨を支えるようなことはできないもの。優秀な息子が何人もいて、お父さまは幸せだね」

「その優秀な息子達の中には、郁人さまも?」

「ん……?」

「いえ。失礼いたしました」

「ぶ~……。知ってるよ。そういうのって、慇懃無礼って言うんだ。笹崎って時々、ぼくに意地悪なんだから」

「頑張ってくださいね。応援しておりますから」

バックミラーで郁人の顔を覗いて、笹崎はふっと笑った。
健康を手に入れて、背伸びしている郁人が可愛くて仕方がなくて、つい軽口をたたいてしまう。
病弱だった郁人が、見違えるように元気になったのが、うれしかった。

「……櫂お兄さまも、陸お兄さまも、お父さまも……みんな忙しくてつまらない」

「郁人さまも、お忙しいじゃありませんか」

「そうなんだけど」

とんと車窓におでこをくっつけた横顔は、笹崎の背広の裾につかまっていた幼い頃と変わらない。
急に大人びた郁人が、ついこの間まで櫂の背中で揺られていたのを笹崎は知っている。
外見が変わり、態度がどれほど落ち着いて見えても、郁人の本質は人懐こい昔のままだ。




本日もお読みいただきありがとうございます。
後、一話で着地します。(`・ω・´)

透析患者さんに話を聞いたり、色々、調べながら書いておりますが、腎臓透析初期の頃の設定なので、あやふやなところも多いです。
なので、あくまでもこのお話はフィクション……という事でお願いします。

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