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小説・約束・58 

何日も意識を失っていた二人が、消毒液のにおいの中でやっと気が付いたとき、日本は国家の仕組みまで変わろうとしていた。
大怪我をした良平は、そのまま陸軍病院へと送られ1年半もベッドから動けなかった。
軍が管轄していた大病院は、速やかに進駐軍に接収されて、病院は民間人も傷病兵も、一緒に収容されている。
大腿骨とあばら骨が砕け、肩と腕に銃弾が貫通し、とても町医者の手には負えない状態で搬送された。
神経の損傷を避けられたのが、まるで奇跡のような重傷だった。
それでも傷さえ癒えれば、普通の暮らしに差し支えないまで運動機能は戻るだろうという話だった。
今後、繰り返す予定の手術の説明を聞くたび、涙が出そうになる。
自分の身体でいながら、身動きはままならなかった。
四国から遠く離れて、見舞いに来るものも少なく、静かな時間の流れは退屈なほど遅かった。
空爆にあったあの日・・・
大怪我をした二人を見つけたのは、いち早く洋館から上がる白煙に気が付いた勝次で、手当ての経験のある民を呼びに走ったのが幸いした。
焼夷弾が落ちて、くすぶる洋館の側に、左足の膝から下を失った凛斗と傷だらけの良平が、血にまみれて倒れていたのを卒倒することなく民は、完璧に止血した。
傍らに立っている勝次が、貧血を起こして倒れそうなほど良平の傷はひどく、凛斗の足は吹き飛ばされて頭の方向に落ちていた。
下手をすれば失血で命を落としかねないような、瀕死の状況だった。

「良平。」

コツコツと松葉杖の響く音がする・・・
進駐軍の将校に連れられて、松葉杖の少年が部屋を覗いた。

「凛斗。松葉杖には大分なれた?」

左足のズボンは、膝下で結ばれてそこに何もないと痛々しく主張しているようだ。
マッカーサー直属の通詞の流暢な日本語が、付き添いの母親に向けられた。

「サヨコ、これから凛斗は亜米利加に渡ります。向こうで再手術をしてリハビリを終えれば、日本につれて帰れると思う。」

「凛斗・・・。行ってしまうの?」

「少しの間ね。君が元気になる頃には、きっと帰ってくる。」

長身の通訳を、凛斗は「とうさま」と呼んだ。
彼は、凛斗と同じ深い青い色の目を持っていた。

「きちんと義足をつけて、杖なしで動けるようになったら帰ってくる。」

「外科の技術は、亜米利加の方が上だそうだから。きっと帰ってくるから、良平も早く傷を治して。約束だよ。」

何も無くなってしまった焦土に、自分は建築家になって良平の病院を建てたいのだと凛斗は本気で言う。
母と、弟に束の間の別れを告げて凛斗は「なりたい自分」に向かう道を選んだ。
凛斗と「約束」を交わした父は、戦争が終わった今、戦前アジアを主に取材するジャーナリストだった職歴を生かし、通訳となっていた。
無条件降伏が決まり、統治の為にマッカーサー元帥が日本に派遣されると決まったとき、望みどおり招聘されて機上の人となったのだ。
トマスは日本に到着して滞在先のホテルに入るよりも先に、長時間車を飛ばして懐かしい人に会いに来た。
今はない田舎の旧家の家長は、その昔、結婚の許しを請うたトマスを門前払いにし頭から塩をまいた。
そんなことさえ懐かしい風景に見えた。
半身とも思えた愛した人が、今もそこにいるなら・・・。
進駐軍のジープから、ひらりと降りてトマスは沙代子の前に感動の面持ちで立っていた。

「サヨコ。」

抱きしめたかったが、外国人をとりまく好奇の目に耐えた。
この国では人前で抱き合うのは「はしたない」のだ。

「リンは、どこ?サヨコ、ずっと会いたかった。」

大怪我をして、病院に入院していると知らせたら、たちまち悲しげな表情になる。

「11年かけて、やっとここまで来たのに・・・リン・・・」

爪をかむ癖は、11年前と変わらなかった。
人々が、わらわらと物見高く集まってきた。
トマスは凛斗の祖父に、日本式に挨拶をした。
もっともそれは、彼が自分で日本式だと思っていた行為で、沙代子も佐藤も苦笑していたが真剣だった。
綺麗に掃き清められた、内玄関の土間にトマスは膝をそろえて正座し、深々と頭を下げた。

「どうもありがとうございました。」

「凛斗が大変お世話になりました。」

佐藤は豪胆な人だったので、初めて見る外国人にも何も臆することなく礼を受けた。

「あなたも、ご苦労でした。」
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