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明けない夜の向こう側 第三章 13 

教授は通話中だった。
部屋を出て行こうとすると、興奮した面持ちで、その場に居ろと手で合図を送ってくるので、扉を閉めて待った。
会話は早口の英語ですべてを聞き取りできなかったが、どうやら新しい薬の話をしているのだろうと理解できる。

「鳴澤君。クリーブランドから朗報だ」

「ユタ大学ですか?」

「そうだよ」

印南教授は誰かとの電話を終えると、喜色満面で櫂の方に向き直り、興奮の面持ちで両腕を取った。
過去に留学していた大学で、免疫抑制剤の新薬の臨床試験が重ねられていたが、目覚ましい効果が認められたという。

「今の電話は、戦前、留学していたときのわたしの恩師からだったんだよ。すぐに外務省経由で、新しい免疫抑制剤を送ってくれるそうだ。新薬は、ユタ大学での臨床検査の結果も申し分のないものだそうだよ」

新薬の研究が進められているのは知っていたが、そこまで進捗していると想像していなかった櫂は驚いた。

「すごい……!」

「それだけじゃない。血液型が違っても、近親者でなくとも術後の拒否反応が出なかったんだ。すごいだろう?コルフ博士の指名で華桜陰大学での臨床は、わたしが行うことになったんだ。後日、恩師も来日の予定らしい」

「それは、その新薬を使った移植を、教授の恩師が見学するという事ですか?」

「そういうことだろうね。わたしがどこまでできるか心配なんだろう。あの人はあれで、随分な過保護だったから。新薬承認までには、時間がかかるだろうが、試薬の臨床性能試験はおそらく薬が届き次第始まることになるだろう」

「すごいですね」

「既に西欧諸国に引き続き米国では、生体肝移植だけでなく死体腎移植も増えているんだ。民間にも移植システムが広がりつつあるらしい。遅きに失したが、わが国でも死体腎移植を進めようという動きがある」

「僕も早く日本にも角膜移植と同じように、腎臓移植ができるようなシステムができればと思います。日本では死んでまで、ご遺体を傷つけたくないという人が多いですけど、自分の人生を終えた後に、もう一度、共に生きるという考えが浸透したら、きっと同意してくれる人も増えるはずです」

「鳴澤君。郁人君や、亡くなったお姉さんのような腎不全患者が、これからはきっと大勢救われる。どれほど悲惨な現実を送っているか、まずは啓発に力を入れよう。多くの人に現実を知ってもらおうじゃないか。わたしたちの成功が、多くの人の未来を明るくするんだ」

「……そうあって欲しいです」

櫂は知らずに、涙を流していた。
櫂一人の力では、到底成しえない試みだと理解していた。

「印南教授……僕の現実離れした夢が、これで実現できるかもしれません……ありがとうございます」

「鳴澤君。移植の成功は君だけではなく、わたしの目標でもあるんだ。君の思い付きが、実現するよう全力を尽くそう。件(くだん)の患者のご家族にはもうすでに了解を得ている。これで、新薬が届けばすぐに郁人君の手術に取り掛かれる。鳴澤さんの念願も、君の恩返しもすべて叶うというわけだ」

「印南教授……」

「感謝するのは、すべてが上手くいってからだ。それにしても、最初君の思い付きを聞いた時には、絶対不可能だと思ったが、まるで君は新薬の成功を予見していたかのようだね」

「まさか……。でも、弟達を救うには、これしか方法がないと思ったんです。印南教授。僕は郁人の手術に僕の全てをかけます」

櫂は高揚していた。
運が良かったと言わねばならない。
画期的な透析治療によって、郁人は命を救われ小康を得ている。移植医療も、目まぐるしく進歩していた。

「今なら、良い数値が出ているから、長い手術に耐える体力もあるだろう。郁人君を早く透析の不自由さから解放してあげたいね。手術さえうまくいけば、鳴澤さんが望むような普通の暮らしに近づけるだろう」

「印南教授。郁人をよろしくお願いします。今後もお力添えください」

頭を下げた櫂の肩に、ぽんと軽く手を置いて印南教授は頷いた。




本日もお読みいただきありがとうございます。

透析患者さんに話を聞いたり、色々、調べながら書いておりますが、腎臓透析初期の頃の設定なので、あやふやなところも多いです。
なので、あくまでもこのお話はフィクション……という事でお願いします。

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