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明けない夜の向こう側 第三章 12 

やがて、入院中の郁人は腎臓摘出手術を受けることになった。

それは移植手術をするための、準備段階だった。
相変わらず、郁人の血圧は高く貧血が酷かったので、使われていない腎臓を摘出した方が、状態が良くなるのではないかと、印南教授は鳴澤に摘出手術を勧めたのだ。

「郁人」

布団に潜り込んだまま、郁人は拗ねていた。

「いや」

「郁人……わがままはいけないよ」

「やだ」

可哀想だが、言い含めねばならない。
生体腎移植を行う前に、機能していない腎臓を取り出した方が免疫学的に移植した腎臓がうまく定着するのではないかと、印南教授は考えていた。
現在の医学では、働かなくなった腎臓を取り出したりはしないのだが、腎臓移植過渡期には取り出した方がよいという考えが主流だった。

「郁人、抱っこしてお話しようか?おいで」

「だっこ……?」

布団がもぞもぞと動いて、巣穴から小動物が覗く様に、郁人がひょっこりと顔を出した。
櫂は郁人を引っ張り出すと、膝の上に抱き、小さな子供をあやすように背中から抱きしめた。

「あのね。ここにある郁人の腎臓はね、お腹の中で石みたいになってしまってるんだ」

「石……?」

「そうだよ。ここで、かちこちに硬くなってる。お腹の中に置いておくと、悪さをして他の柔らかい臓器を痛めやしないかとみんな心配してるんだ。だから、いらない石は取ってしまうのが一番いいんだ」

「櫂お兄さま……郁人は石を取らないと……由美子お姉さまのように死ぬの?」

「郁人は、亡くなったお姉さんの事を覚えている?」

郁人は悲し気に、こくりと頷いた。
意識を失って全身を激しく痙攣させながら息絶えた姉の姿を、ぼんやりと覚えているという。おそらく慌ただしさの中で、こっそりと様子を窺ったのだろう。
いつか自分もあんな風に命を失うかもしれないと思っていたと、郁人は言う。

「郁人は死んだりしないよ」

真っ直ぐに、郁人の両頬を包んで櫂は請け負った。

「……いいかい郁人。ぼくは郁人を助けるために、一生懸命勉強してお医者さまになったんだ。そのぼくが、絶対に郁人を助けるって決めたんだから、郁人が死ぬわけなどない。指切りするかい?」

「ううん……」

櫂の腕の中の郁人は心もとなく、陸とあまり年も変わらないのに、透析で栄養が取られるせいで小さな子供のようだった。とても陸よりも年上には見えない。
毎日生きるのにやっとで、将来の夢も持てずにいる郁人は、誰かの庇護がなければ生きていけないかよわい存在だ。
周囲はそんな郁人を愛し、壊さぬように慈しんだ。
だが、もうそれももうじき終わる。

「怖くない。ぼくが傍に居る。もう少しで辛いのも痛いのもお終いだ。元気になったら、ぼくと陸と郁人、三人で仲良く暮らすんだ」

「お父さまと、最上と笹崎も一緒?」

「そうだよ。だから郁人はもう少し頑張ろう。いいね?ん?誰か来たかな」

扉が小さく叩かれて、陸が顔を出した。櫂の膝の上にいる郁人を見て、少し驚いたようだった。

「郁人、にいちゃを困らせてるのか?わがままは駄目だぞ」

「……うん」

「手術が全部終わったら、何ができるかなって話をしていたんだ。陸は郁人が元気になったら何をしたい?」

「何でもいいよ。おれ、郁人と並んで歩いたり、弁当持って庭で食べるだけでうれしい。リクとカイもきっと寂しがってると思うんだ。うさぎってね、脳みそ少なそうだけど、おれのこと分かっているんだよ。きっと郁人の事も覚えてるよ」

「そうかなぁ……」

「もし忘れていたら、これから仲よくなればいいんだよ。手術がうまくいって、元気になったら先生に頼んで窓の下に連れて来てやる。触ってもいいって言われたら、お風呂に入れて綺麗にして連れてくる」

「カイとリクがお風呂にはいるの?」

郁人はすっかりうさぎの話に夢中になっていた。

「望月先生が、いつも郁人さまには雑菌が命取りなんですっ!汚れた手で触るんじゃありませんって、きゃんきゃん叫んでるじゃん。だから、シャボンでごしごし洗ってやるんだ。耳に水が入らないように気を付けて」

「うふふ」

二人を残して郁人の部屋を出た櫂は、印南教授の部屋を訪ねた。




本日もお読みいただきありがとうございます。
郁人が元気になりますように。

透析患者さんに話を聞いたり、色々、調べながら書いておりますが、腎臓透析初期の頃の設定なので、あやふやなところも多いです。
なので、あくまでもこのお話はフィクション……という事でお願いします。

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