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明けない夜の向こう側 第三章 10 

内心の動揺を押し殺して、最上家令は旦那様に話をしてみようと答えた。
最上家令と笹崎と共に、櫂も本宅へ急ぎ向かう。
果たして陸は無事でいるのだろうか。
望月が性急に事を運ぼうとしないでいてくれるよう、思わず願った。

義父の希望は、櫂にはよくわかっていた。
誰よりも何よりも郁人が大切で、それは全ての事業を手放し、自分の命を投げうったとしても一片の悔いもないほどの、どこまでも深い愛だった。
大きな会社の運営をし、時には縋りつく他者に冷徹な決断を下しながら、鳴澤は資産の総てをなげうってでも息子の命を守ろうとしていた。
まっとうではないと知りながら、櫂は義父を憎めなかった。

「ここですか……?」

最上家令と笹崎の視線を背に、ゆっくりと扉を押して、櫂は一人、本宅の奥の部屋へ足を進めた。
灯りを落とした室内に、銀色の点滴台が見える。
屈みこんでいた男が、ゆっくりとこちらを見た。
寝台の上に、陸が眠らされていた。
何もされていないのを目視で確認してから、櫂は声をかけた。

「望月先生」

「……ああ、櫂くん」

「何故、陸をここへ連れて来たんですか?移植の準備を急ぐように……父に言われたんですか?」

印南教授の話を聞いて、義父が激しく動揺していたのは、傍で話を聞いていた櫂は知っていた。
移植と聞いて、望月はこわばった表情をこちらに向けた。
安易に陸を連れ出したことを責められるのではないかと櫂の様子を窺っているようだ。
ごくりと望月の咽喉仏が上下する。
櫂は傍によると、望月に静かに話しかけた。

「望月先生。僕は味方です……以前にも言いましたけど、これまで先生が鳴澤の義父の為に、どれほど手を尽くしてこられたか知っています。僕は……望月先生の手助けをしたいと思っています」

「君は、印南に心服しているはずだ。そんな方便は必要ない。あの男の傍に居れば、誰でも心酔することくらいわたしにもわかる」

櫂は望月の印南教授に対する激しい劣等感と、憧憬に気づいていた。
どれ程、印南のような優れた医師になりたいと願いあがいても、医師としての実力は望月とは雲泥の差で、地位も名声も火ねずみの衣のように到底手に入れようもないものだった。

「勿論、印南教授は素晴らしい方です。僕は一人の医者としても人間としても敬意を持っています。医師としての技術だけを言えば、望月先生よりも印南教授の方が上だと思っています。しかし、医師の本分はそれだけではないと理解しています」

「本分……?」

櫂は望月の自尊心を懸命にくすぐった。

「僕が考える究極の医師とは、どれだけ患者を救う為に必死になれるか……患者と家族の意をどこまで親身になって汲めるかです。多くの患者を抱える印南教授と郁人の個人的な主治医である望月先生を比べるのは、適当ではないかもしれません。でも、鳴澤の義父がどれだけ望月先生を頼りにしているか、僕は知っているつもりです。だからこそ、僕は常に真っ先に新しい技術を望月先生に伝えて来ました」

「そうだったな……君は透析治療の事も一番に私に報告してくれた。思いもよらぬ方法だったが、郁人さまには効果的な方法だった」

「望月先生。僕は郁人の為に医師になったんです。戦争孤児の僕を引き取ってくれた義父への恩返しを忘れたことはありません。だから、お願いです。一人で事を進めようとしないでください。どれほど義父の願いが強くても、義父の気持ちだけを優先しないでください。陸を……道具だと思わないでください。望月先生と義父が郁人を大切に思うように、僕にも陸は大切なんです。血は繋がっていなくても、陸と僕は支え合って生きて来た大切な家族なんです。」

望月はやがて頷いて、櫂に向かって手を差し出した。

「君に相談すべきだった。義兄は郁人さまの事になると、他の事が何も見えなくなると分かっていたのに、同調してしまった。陸くんの気持ちもちゃんと確認するべきだった。すまなかった。陸くんは郁人さまと共に、秘密裏に米国へ連れてゆくはずだった」

「そんなことをしなくても、陸には、僕からきちんと説明します。郁人にはどうしても、陸の助けがいるんだと話をします。納得させてからじゃないと、まるで陸には人としての存在価値がないようじゃありませんか。臓器を取り出すためだけに、陸が存在していると誤解されるのは悲しいです。それに、最近作られた肉親間の移植基準にも、意思の確認は明記されているはずです。話をしようとした矢先に、陸の行方が分からなくなって、僕は正直どうしようかと思いましたよ」

櫂の手の内にある切り札を望月医師は知らない。
陸の存在を、義父と望月が臓器提供者としてしか見ていないことも知っている。
櫂の思うように物事を進めるには、まだいくつもの準備と時間が必要だったが、少しの間陸が脅かされることはないだろう。




本日もお読みいただきありがとうございます。
陸に何事もなく、一安心の櫂です……

透析患者さんに話を聞いたり、色々、調べながら書いておりますが、腎臓透析初期の頃の設定なので、あやふやなところも多いです。
なので、あくまでもこのお話はフィクション……という事でお願いします。

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