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明けない夜の向こう側 第二章 13 

おそらく芸者上がりなのだろう。30そこそこの、あか抜けた女だった。小股の切れ上がったと形容するべきだろうか。
店と言っても、食べる物が不足している今、大したものは無い。
馬や牛に食わせる飼料用のジャガイモを揚げて、商売をしていた。
少し焦げた屑芋をいくつか小皿に取り分けて、五円だよと笑った。

「男前の兄さん。辻光代はあたしのおっかさんだよ。出かけているから、帰るまで、ちょいと待っておいでな」

「はい。待たせていただきます」

たち上がって一礼する櫂に、女性はふふっと意味ありげに笑った。

「空いてる席に座んな。良い男だから、まけておくよ。すいとんと、芋の揚げたのしかないけど、それでいいかい?」

「お願いします」

店と言っても恐ろしく狭く、ほとんどが立ち食い状態なのだが、誰も不満を言うものは無い。客も皆、食べる物があるだけ、ましだと思っているようだ。
運ばれて来た小麦粉を練った握り団子のすまし汁に、申し訳程度に大根か小松菜か、何かの葉が浮いている。

「おっかさんはすぐに帰るから、これでも食べて待っておいで」

「ご面倒をおかけします」

皿を持たされて一礼する櫂に、女性はふふっと意味ありげに笑った。

「ずいぶんと行儀がいいんだ。いいところの坊ちゃんって感じだね」

「いえ。おれは戦災孤児です。数年前まで上野にいました」

孤児と聞いて、女性の顔色が変わった。

「え、そうなの……かい。苦労したんだろうね。この辺はすっかり燃えてしまって、子供も大人も皆飢えていっぱい死んじまったよ。あんた……良く生きてたねぇ……偉かったよ」

ぐいと手ぬぐいを目に押し当てて、彼女は涙をぬぐった。
戦後、数年がたっても、未だに人々の心の傷は癒えていない。

前の日に生きていた兄弟が、食べる物がなくて次の朝抱き合って冷たくなったのを、買い出し帰りに見た。
いつまでも忘れられない光景が、脳裏によみがえって、彼女はたまらなくなっていた。
骸になった小さな二人を、誰も顧みることはなかった。通り過ぎながら、可哀想にとも口にしなかった。
お願いします、食べる物を下さいと道行く人に必死に縋っていたと、誰かが言っていた。
動かなくなった汚れた裸足に、命を見捨ててしまったと、誰もが心で詫びながら明日を生きる。
持っている荷物は、腹をすかせた家族が待っていたから、どうしても施せなかった。
誰もが飢えて自分の事で精一杯だった。
ついこの間まで、そんな時代だったのだ。

「あ、おっかさん」

「帰ったよ。ああ、疲れたね。こっちの足元見やがって、ろくな品物を出して来やしないんだ。しようがないから、直接あたしが元締めに話をするから、呼んで来なって、久しぶりに啖呵切っちまったよ」

「おっかさんが啖呵切ったのかい?そりゃあ相手もビビっただろうよ」

「痩せても枯れても、こちとら深川を根城にしてたんだ。辰巳芸者をなめんじゃないよって、久方ぶりに裾まくっちまったよ」

「その甲斐があったようじゃないか。大荷物だねぇ」

「ああ。次からは男衆を荷物持ちに連れていくよ」

櫂は歯切れのよい二人の会話に口を挟む間もなく聞いていた。
皿はとうに空になり、ふと目が合って、おっかさんと呼ばれた女性と目が合った。

「こちらのお兄さんは?」

「ああ。おっかさんを訪ねて来たんだよ。何だか尋ね人があるとかでさ」

「そうかい。待たせちまったようだね」

歯切れのよい口調だが、櫂に向ける目は優しかった。



本日もお読みいただきありがとうございます。
尋ね人に会えました。(`・ω・´)


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