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明けない夜の向こう側 第二章 10 

思い余った陸はペンを握ったが、その内容は日常を切りとった取り止めのないものでしかなかった。
櫂に心配を掛けたくない思いで、結局、陸は自分の置かれている状況を記せなかった。
もしも、書いたとしても最上家令の指図で、手紙は櫂の手には渡ることのないよう回収されたに違いない。
そういう意味では、屋敷の使用人全て、陸の敵だった。

週に一度の尿検査は、郁人に一度蛋白尿が出てから三日に一度実施されることになり、郁人と陸は接触を禁じられた。
互いに長い一日を、隣り合った部屋で静かに過ごすしかなかった。
望月が櫂の話をしてから、陸の口数は以前と比べて益々少なくなった。望月医師が席を外しても、郁人の傍にいるかもしれないと思うと安易に部屋を訪ねることもできず、陸は孤独だった。
重くまとわりつくような独りの時間が、陸に張り付き水底に沈むような気がしていた。
生きているのが辛かった戦後の日々の方が、まだ「生」を実感できていたような気がする。

一方、休みの度に帰宅するという櫂の約束も、余り守れなかった。
たまに帰って来ても、僅かな時間の滞在で、陸の顔だけを見ると慌ただしく、すぐに学校へとんぼ返りするような按排だった。
医者になるという目的の為に、櫂の時間はすべて学業に注がれていたからだ。
大学に入ってからは、勉強で忙しく櫂の自由な時間は殆ど、医者になるための勉強時間になっていた。

「変わりないか?陸、少しやせたんじゃないか?」

「……帰ってたんだ。おれは元気だよ。勉強は大変なんだろ?にいちゃも頑張ってる?」

櫂に何も知らせぬようにと、望月は陸に釘を刺し、帰宅した時は何事もなく二人は共に過ごした。

「すごく充実してるんだ。どんな医者になるか方向性も見えて来たし、頑張るからな」

「……うん」

「教授が、腎臓の専門医なんだ。高校の時から、色々目をかけてくれている立派な人なんだ。おれも臨床からは、教授の研究室に入って腎臓外科を目指すことにした。どこまでやれるかわからないけど、頑張るからな。医学はすさまじい勢いで進歩しているから、郁人の病気もきっと良くなるよ」

「そう……」

「そういえば、最近郁人の姿を見かけないけど、どうしてるんだ?」

「郁人は……ちょっと具合がよくないみたい。大したことないそうだけど……前みたいに遊べないんだ……きっと元通りになるよ。入院するほどじゃないって言ってたから……」

そう言うしかなかった。
実際の郁人の様子は、陸にはわからないし、自分も郁人のように行動を制限されていると櫂には言えなかった。

「そうか。すぐそばに主治医がいるから、郁人は安心だな」

「……ん……そうだね……」

帰省した度、陸の様子がいつもと違っているのに櫂は気づいていた。
使用人たちの態度も、どこかよそよそしい。
陸も、以前のように、自分を真っ直ぐに見つめて話をしなかった。
笹崎と最上家令と話をしたかったが、双方とも外せない大切な用があるといって、話をはぐらかされた。

車寄せに入れた鳴澤家の車に乗り込み、櫂は陸に手を挙げた。
消え入りそうな笑顔で、玄関先に佇んだ陸は小さく手を振った。
寂しげなその表情に、櫂は何故か既視感を覚え、やがて思い出した。

「陸……?」




本日もお読みいただきありがとうございます。
陸、だいじょぶ……?(´・ω・`)

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