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小説・約束・56 

凛斗は、汗に浮いて眠る良平の姿を認めた。


・・・やっぱり、夢を見たのだろうか。


でも、影は火炎放射器で目を焼かれて野戦病院に居ると、はっきりと告げた。


そして凛斗は、枕元に有った一通の葉書きを見つけて読み始めた。


そこにある内容は、昨夜の影が現れた理由だった。


凛斗は遠くで病院に居ながら、自分を案じてくれる人の存在を抱きしめた。


過去の呪縛はとても悲しく辛いものだったが、振り払っても良いのだと思う・・

「未来」


漠然と何かの標のような言葉が、胸の中と、葉書きの文面に残っていた。


子供のまままどろんでいたかのようだった凛斗の視線が、吹っ切れたように冴え冴えとしていた。


凛斗は霞がかかっていたような思考が、ちゃんと思い描いた形になる、不思議な感覚を味わっていた。


「なりたい自分」を見つけようと思う。


未来に向かうために。

蒸し暑さに目醒めると、隣にいるはずの凛斗はとっくに起きていたらしく、長椅子に腰掛けてこちらを見ていた。


きちんと撫で付けた細い髪が、入ってきた風になぶられている。


二人の母親は、農作業にでる今も肌が白かったから、凛斗も遺伝的に色素が薄い性質だろうか。


本来なら青い眼は劣性遺伝で、確率的にも生まれるのは稀有なはずなのに、神様は気まぐれだった。


「おはよう。」


長い足を組み替えて、すっと立ち上がると気のせいか凛斗は、昨夜と雰囲気が違っているような気がした。

「良平、ありがとう。葉書きを読んだよ。」


「やっと、長いトンネルを抜けた気がする。」


良平の目に、昨日までの心もとない凛斗の姿はなかった。


「ちょっと待ってて、顔を洗ってくるっ!」


表の古い水まき用の手押しポンプから、勢いよく水が溢れた。


一体、凛斗に何があったのだろう・・・と良平は思った。


熱った肌に、水が心地よい。

乾パンと水の、隠れ家での粗末な朝食。


凛斗にもらって食べた。


「あのさ。何か、あった・・・?」


訝しそうな良平の問いに、思わず笑みがこぼれた。


「とてもいい夢を見たんだ。」


何か言えばすぐに泣きそうになる、夕べまでの心もとない凛斗がなりを潜めていた。

未来を見ることを諦めて、ずっと暗い闇に沈んでいたのだけど・・・と、凛斗は言う。


もがき苦しんだ末に羽化する揚羽の如く、今朝の凛斗の顔は晴れやかだった。


「良平のお父さんが、生きてて良かったって書いてくれた。」


「そんなの!ぼくだって、ずっとそう思ってるよ!」


「ありがとう。良平に出会って本当に良かった。」


真っ直ぐに言われると少しくすぐったかったが、確かに良平は出あった時から、凛斗の青い眼を忌み嫌ったりはしなかった。


真っ直ぐに、人の本質を見た。

「ぼくは、良平に救われた。」


「ここの所を見て?目の横に傷があるだろう?これは、はさみで目をつぶそうとして失敗した傷だよ。」


驚いて見入ると、押さえて見せた瞼に一本の筋が入っていた。


「続木の叔父様に見つかって、それからはさみもカミソリも取り上げられてしまった。だからそれからはもう死ぬことも叶わなくなったんだよ。」


「動けない人形のようにね・・・」


「きっと、良平には分からないと思う・・・」


「うん・・・」


良平はふと、氷の美貌の少年を思い出した。

打ち明けようとして・・・凛斗は、目を伏せた。


これ以上は、言葉に出来なかった。


明日をきちんと生きるために、全てを話そうとしたが良平に告げるのは、無理だと思った。


・・・その時小さな振動と一緒に、水差しに入った水の表面に、小さな水紋が広がった。


「何・・・?地震?」


「これは違う、凛斗。空襲だ。」

東京に居たとき、何度か経験した腹に響く音は次第に大きくなりやがて轟音となった。


腹に低く、爆音が響いた。


窓枠が震え、二人は顔を見合わせた。


・・・近い。


「凛斗。窓から離れたほうがいい。」


「上から、来る・・・っ」


言い終わらないうち、良平が凛斗を突き飛ばした瞬間、閃光が走った。


焼夷弾が屋根を付きぬけ、ぱらぱらと西洋瓦が降ってきた。

木っ端の飛び散る中、窓枠に体当たりして庭に転がり出た。


B29が方向転換して、迫ってくる。


It is here!

Without shooting it!


良平を背中でかばって両手を広げ、空に向かってなにやら訳の分からない言葉を凛斗が叫んだ。


機銃掃射の薬きょうが飛ぶのが見えるほどの、低空飛行で執拗に狙われた。


良平は、凛斗の手を掴んで走った。

凛斗をつれて、逃げた道・・・


肩を掠める熱い痛み。


倒れこんだ上に、凛斗が覆いかぶさってきて、そのまま草むらに弾んだ。


「凛斗っ!?」

上空に駆け上がるB29の機影は、瞬く間に見えなくなった。


気まぐれに爆撃したものか、痛みに気が遠くなる。


弾が当たって、小石が胸にぱしっと撥ねた。

少し離れた草むらに、凛斗は倒れおびただしい血が溜まりを作っていた。


「凛斗っ!」


声を上げて名を呼んでいるつもりだが、良平の意識もはっきりとしない。


薄く、目前の凛斗の輪郭がぼやけてゆく。


誰の血だろう、シャツの前が真っ赤に染まった。


駄目だ、死んじゃ駄目だ・・・


お父さん、凛斗を助けて・・・


お父さん・・・


お父さん!



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