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明けない夜の向こう側 第二章 3 

借りて来た猫のように、二人は並んで腰を下ろした。

「……郁人さまの事をお聞きになられたんですか?驚いたでしょう?」

「あ、はい」

笹崎は二人の手の中に、甘い紅茶の入ったカップを持たせた。

「郁人さまには、姉上がいらっしゃいましてね。由美子さまとおっしゃって、とても気立ての良い利発な方でした」

「ほかにもまだ姉妹がいたのか」

「ええ、そうですよ」

「初めて聞くことばかりだ……」

「そうですねぇ。今生きていらしたら、由美子さまは陸さまと同じ年くらいでしょうか」

健やかに育ってきた由美子という少女は、今の郁人と同じ年の頃、突然腎炎で他界したのだと最上は悲し気に話し始めた。

「私の後ろをついて回るような人懐こい方で、由美子さまが亡くなってから、落胆された旦那様は、郁人さまだけは失いたくないと、人が変わったように必死になられたのです」

「腎臓が悪い人って、おれ、父ちゃ……父の患者さんで会ったことあるけど、そんな急に亡くなることがあるんですか?」

「はい。それはもう本当にあっけなく。戦時中の事でしたから、やはりこの家でも食糧事情はあまりよくありませんでした。由美子さまは、お医者様がおっしゃるには栄養不足になると吹き出物が出やすい質で、いくつかおできができていたのですが、それが化膿してしまったんです」

「そういえば、おれ……おできには、命とりなものがあるって、聞いたことがある」

「顔の中心に出来たものは、よくないとわたしも知っています。しかし、まさか背中のおできが化膿したくらいの事で、命まで取られるとは旦那様も私ども使用人も誰一人として思いませんでした。すぐに、元気になって元の暮らしに戻れると信じておりました……病院に救急搬送して治療を受けても、事態は変わりませんでした。痙攣が続く由美子さまを、旦那様は懸命に介抱なさいましたが、あっけなく亡くなられてしまったのです。……旦那様の腕の中で……。おできの化膿した毒が回って、急性尿毒症になったと主治医が申しました」

最上は目元にハンケチを押し当てた。

「大切にしていたものが、いきなりなくなると、心にぽっかり穴が開いてしまうだろう?身内を失った君たちにはわかるよね?社長は、悲しくてやりきれなくてどうしようもなかったんだ」

どこか反論できないような調子で、笹崎が言葉を重ねる。

「腎臓の病気が、遺伝すると聞いて、社長は郁人さままで失うわけにはいかないって必死になったんだ。普通ならちょっとおかしいんじゃないかと思うようなことも……例えば、あの紅い着物もそうだよ。小さいころに女の子の格好をさせておけば元気に育つと、古い伝承を聞いた日から、由美子さんの持ち物はすべて郁人さまの持ち物になったんだ」

「八犬伝の犬塚信乃みたいだね?」

「そうだね。犬塚信乃の母上と同じ願いを込めたんだろうね。社長は本当に残された郁人さまを大切にしたかったんだよ……さぁ、話はこの辺で良いかな?長い間、車に揺られて疲れただろう。二人で、お風呂に入っておいで」

「はい。行こう、陸」

「うん。にいちゃ」

揃って、風呂に向かった二人だったが、ばたばたと陸が帰って来て笹崎の前に立った。

「おれ、郁人と仲良くする。犬塚信乃の仲間みたいに、郁人を大事にする。弟の事は聞いていなかったから驚いたけど、郁人も姉ちゃんがいなくなって寂しかったと思うから、いっぱい遊んでやる。にいちゃとおれがいるから、郁人はもう大丈夫だから安心してって、鳴澤……お父さんに伝えてください」

「そうか。ありがとう」

思わず陸の頭をそっと撫でたのに、笹崎自身が驚いていた。

「いい子たちだ」

最上がカップを片付け始めた。

「ええ。泥水をすするような苦労をしてきたはずなのに、他人の事を思いやれる。あの子たちと話をしていると、社長の思惑が不首尾に終わってもいいとさえ思ってしまいますよ」

「笹崎……それは口にしないと決めたはずだろう」

たしなめるように、最上が口をはさんだ。

「ええ、わかっています。今のは聞かなかったことにしてください。わたし達使用人も共に覚悟して、この計画に乗ったのですから」

もう、賽は投げられたのだ。
いつか来るその日の為に、選ばれた陸と櫂は鳴澤家の養子となった。
同じ船に乗ってしまった笹崎と最上は、今更、後戻りはできないと、改めて固く決意していた。




本日もお読みいただきありがとうございます。
大人の思惑の中で、揺れる陸と櫂は……

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