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龍馬流行りに、乗ってみる・2 

一応、続きです

さて、剣術指南が優れていると評判の千葉道場に入門し、北辰一刀流を5年で免許皆伝になった龍馬は、道場主の娘『佐那』と婚約をします。

互いに一目ぼれのロマンチックです。

彼女は琴を弾き、乗馬をこなし、並の男よりも剣術、長刀の達者な当時としても珍しい文武両道の女性でした。

しかも、容姿端麗の上教養があり、心栄えも良いと、龍馬自身が姉に向かって手紙に書いています。
(・・・・いるのね~、こんな人・・・。)  

龍馬は、どう見ても男前には程遠・・・個性豊かなタイプなので、もてたらしいです。

いつの時代も心に鋼の芯を持ち、己を捨てて目的にまっしぐらのタイプに、女の人は弱いです。

婚約に際し、女方からは約束のしるしとして、短刀を。

龍馬からは、紋付の袷衣が贈られました。

動乱の世であったため、世の中が落ち着いたら夫婦になると言う約束は守られませんでした。

龍馬は江戸には二度と戻らず京で出会った『りょう』と結婚してしまいます。

風の噂にでもそんな男の身勝手を聞いていたのかもしれませんが、婚約から9年後には彼女は龍馬の訃報を聞くことになります。

身を捨てて、龍馬を救った烈女として『りょう』は余りに有名ですが、自分の夫はただ一人と、つましく暮らして亡くなった独り身の『佐那』の方にこそ、私は惹かれるのです。

彼女は、龍馬の形見となった約束の袷衣の家紋の部分を切り取り、生涯宝物として大切にしていました。

迎えた養子が28歳で他界した後、生きる張りを失った彼女は床に臥し、翌年その生涯を閉じました。

彼女をよく知る人は、一途な心に打たれ墓碑に『坂本龍馬室』と刻んだのです。

『室』と言うのは、向こうの世界での『妻』のことです。

正式に結婚した『りょう』の墓には贈正四位坂本龍馬之妻龍子之墓と刻まれています。

龍馬の二人の妻・・・と言うことですが、向こうで両手に花となったでしょうか。

婚約不履行の元・彼を責めることなく、彼岸で墓碑に刻まれた妻の一字に満足して柔かく微笑む女性を想像してしまいます。

そして微笑みの向こうの悲しみと強さを思うと、少しばかり泣けたのです。

才能豊かな彼女は、寮の舎監や、家伝の灸をすえて細々と日々の糧を得ていました。

少しは未練がましく思ったり、龍馬を責めて泣いたりする事は無かったのでしょうか。

享年59歳でした。

少し斜めに見ると、こんな話があちらこちらに転がっています。

好きなんですけどね・・・・。

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