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明けない夜の向こう側 9 

泣きたくなるような幸せな夢を見た後は、苦しくなるほどの悲しみが胸を締め付ける。
だから、櫂はいつしか幸せを夢見ることを諦めた。夢を見ながら、これは幻だと自分に言い聞かせた。

こんなことが起きるはずはない
これは夢だ
しばらく目を瞑っていると、きっと誰かが櫂の脇腹をつついてこういうのだ。

『早く目を覚ましなさい いつまで、夢を見ているんだ』

……と。
呆然とした櫂は、強張った顔を向けた。

「……なんで今頃……?」

父親だという男には、陸に似たところなど一つもないような気がする。
陸の目は大きな二重だったが、男の目は特徴のない一重だった。
だが、櫂に対する丁寧で柔和な話しぶりに、敵意は感じられなかったし、着ているものも身体に合った上等な背広だった。
陸を守るべく、櫂は男と真剣に話をした。

「陸の事を……ずっと、探していたんですか?ほったらかしにしていたんではないんですか?」

「そうだよ。ずっと探していたんだ」

「陸はずっと一人だった。深川に住んでたって話と、お母さんの話を少し聞いたけど、父親の話は一度も聞いたことないです。上野で出会った時に、陸はまだ8歳でほんとに小さかった……もし、おれと出逢わなかったら、陸は一人であの場所で生きてこられたかどうかわからなかったと思います」

男は顔を歪めた。

「可愛そうに……苦労をさせてしまったと思っている……。深川が空襲を受けたと聞いて、必死に探したんだよ。もしも生きているなら、施設に保護されているだろうと、あちこち探しまわってやっとここに行きついたんだ。私にも事情があってね……君の年では理解できないかもしれないが、陸の母親と私は正式な結婚をしていなかったんだ」

思わず校長が話に割って入った。

「櫂くん。込み入った話はおいおいするとして、陸くんのお父さんが、ずっと陸くんを探しておられたのは事実だ。戦後になってからも、あちこち探されていたそうだよ。決して、陸くんをほおっておいたわけではない」

「校長先生。おれは、すぐに陸を探していたかどうかを知りたかったんです。どんな事情があろうと……上野にいた頃だって、戦争が終ったあと、大勢の人が自分の子供を探しに来た。でも……陸を探しに来た人はいなかったから……陸もおれもとうの昔に諦めていたから……いつも、誰かが探しに来るんじゃないかって期待して、裏切られていた……」

陸と櫂は、子供を探しに来た親を何人も見た。
いつか、自分を探しに来る人がいるかもしれないと、抱き合った二人は叶わぬ夢を何度も見たのだった。
優しく声をかけてきた男が、置き引きやすりの親玉だったり、労働力だけを当てにしていたりした。

「陸の母親の実家が、神戸にあったので、そちらに行ったかもしれないと思って捜していたんだ。関西もひどい状態で、陸の祖父母も、とうに亡くなっていたよ。空襲で役所も焼けてしまっていてね……だから、陸を探すのが遅くなってしまったんだ。許してくれるだろうか」

「小父さん。それは自分で陸に言ってやって。おれは……陸に家族がいて嬉しいです」

その言葉に、ふっと安心したように陸の父親は、破顔した。

「そうだ、一枚だけ写真が手元に残っていてね。これを見てくれるかい?他には何もないが、これが残っていたんだよ」

手の平に納まるセピア色の写真は、若かりし日の陸の父親と生まれたばかりの陸を抱いた母親の姿だった。
陸によく似た面差しの、儚げで美しい婦人の写真を見て思わず櫂は小さく似てる……と口にしていた。

「そうかい?陸は母親に似ているかい?」

櫂は黙ってうなずいた。
上野で陸と巡り合って以来、ずっとこの日を待っていた気がする。
陸を幸せにしてやりたいと、櫂はずっと思っていた。
櫂の傍に居るよりも、陸は父親の手の中に戻った方が良い。




本日もお読みいただきありがとうございます。
父親の手元にある、陸の家族写真……櫂の決心は……?

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