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小説・約束・53 

凛斗の秘密は、マッチにあぶられて庭先で赤く崩れて溶けた。
確認せずとも、佐藤には大久保の持参した物が、どんな写真か想像がついていた。
脅しに屈せず、続木男爵を罠にかけたことを新聞社に売ると言って脅してやったら、諦めて引き下がったようだったが、そういう人間が軍部の上層部に平然といるのが腹立たしかった。
良平は、茶色く溶けたプラスチックを棒の先でつついた。

「僕、さっき会ったとき、ぞっとして肌が粟立ったよ。」

「凛斗ね、かわいそうに。怖い夢ばかり見るって言うんだ・・・」

「女々しいって、言っちゃった・・・」今頃、泣いているかなぁ・・・」

良輔と同じ仕草をする・・・と佐藤は思った。
悔悟の念のあるときは、一人で答えを求めて長い間一人ごちながら、自分に問いかけていた。

「お爺様。僕、今夜、凛斗の所に泊まってやってはいけませんか?」

どうやら、答えは出たらしかった。

「止めても、行くんだろう?」

祖父は笑ってしまった。

「たまには、いいだろう。だが、その前に良輔から葉書きが来ていたぞ。」

ぱっと、明るい顔の良平。
まだ父の恋しい11歳だった。
余りに気が急いて、足も拭かずに駆け上がろうとして、民さんに叱られた。

「お母さん!」

「お母さん!」

小さな子供のように、母を求めて母屋を探した。
仏前に夫の無事を報告し、線香をくゆらしながら母は良平を待っていた。
この一通の葉書きに、どれほどの思いがこもっているか、待つものは皆知っていた。
葉書きの小さな表に、びっしりと細かい字で書き込んだだけでは足りず、文章は表へも綴られていた。

想いのありったけを込めて・・・。

夫の無事を案じながら、凛斗が生きていたことを伝える為に手紙を送った。
小さな電報の紙切れが、続木の家から届いてから、二人してどれほど長く悲しみに沈んだ日々を送ったことか。
妻は悲嘆にくれ、夫は短慮な自分を愚かだったと責め続けた。
国籍の違う大切な友人に、顔向けが出来なくなってしまったと、声を上げて慟哭し顔を覆った・・・
沙代子は夫に手紙を送った。
戦意高揚の文面でなければ、検閲を通らないという噂だったので文面はそっけないものになってしまったが、良輔の喜色満面の笑顔が浮かぶ。
あれから二人、深い悲しみを心の淵に沈め、寄り添って生きてきた。
互いの傷を舐めあうようにして。
どれだけ、喜ぶだろう・・・

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