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真夜中に降る雪 10 

「里中――っ!」

目が合うなり、飛び掛らんばかりの孝幸がいた。
松前孝幸は、白い息を蒸気のように吐きながら、必死で春美を探していたらしかった。
連絡が取れないのは、きっと動けなくなっているからだろうと、駅周辺を当てもなく走り回っていたらしい。
この寒さの中、孝幸の額には流れる汗があった。

「良かった~……、やっと見つけた。無事で良かった」
「孝幸、連絡しなくてごめん」
「いいんだ。おまえが無事なら」

春美は振り返って、聡一を見た。
自分にも居心地のいい居場所があるのだと、見せたかった。

「先輩……。こちら、同僚の松前くんです」
「松前孝幸です。里中と二人で営業回ってます。芳賀さんとは、何度か社内でお会いしたことあります」
「ああ、知っている。二人で回ると成績がいいらしいね。部長が喜んでいたよ」

軽く会釈し、孝幸は聡一に真っ直ぐ視線を向けたまま、そらさなかった。
ぎこちない里中春美の態度も不自然だったし、副社長の身内でやり手の男が、何故こんなしがない場所にいるのかもわからなかった。
同じ部活の先輩後輩だったということだが、孝幸の目にも里中春美に対する聡一の態度はどこか不自然に見えた。

「芳賀さん。里中が、色々ご迷惑を掛けました。こいつは俺が家まで送りますから。ありがとうございました」

春美も小さく頷く。
だが、聡一は春美に向かって、掠れた声で時間をくれないかと告げた。

「松前くん。久しぶりに会ったから、もう少し春と話がしたいんだ。もう少し里中を借りてもいいかな?」
「良いも何も……それは、里中の自由です」
「春。家まで送ってゆくから、もう少しだけ話がしたい。いいか?」

自分だけを見つめる聡一の瞳の中に、春美は囚われてしまっていた。
ずっと長い間、自分を支配した過去に、このまま再び連れ去られてしまうのだろうか。
じっと見つめる春美の顔は明らかに硬く、表情は消えていた。
孝幸は、座ったままの春美の視界にぐいと自分を入れると、もう一度言った。

「里中。芳賀さんと行って話をするのか?俺は先に帰るけど、それでいいんだな?」

かけられた声に、一瞬驚いたように身じろいだ春美が孝幸を見つめる。
その顔は、初めて春美を助けた日の顔のように、血の気が引き白くなっていた。
ここで春美を手放すべきかどうか、食い下がるべきかどうか、孝幸も決めかねている。

「孝幸……。あの……ぼく、芳賀さんと話がしたいんだ。久しぶりで話したいこともあるし。折角だから……」
「そうか」

同僚、松前孝幸の真っ直ぐな気持ちは、常に春美に向けられていた。
それは春美も気づいていた。
何もなければ、きっと孝幸はこの先、春美のかけがえのない半身になっただろう。
マイ・ベターハーフ……かけがえの無い私の半身……どこかで聞いて以来、春美は常に考えている。
自分の半身はどこにいるのだろうと……。

目の前にいる孝幸は、自分のかけがえの無い存在になるだろうか。
片翅しかない自分に、きちんと人を愛する事はできるのだろうか。
再び誰かを愛して、傷付くのが怖かった。

孝幸も春美と出会って仕事をするうち、少しずつこの綺麗な同性に惹かれてゆく自分を感じていた。
気が付けば、春美の姿を常に目で追っていた。
恋をするのは初めてではなかったが、何も知らない初な少年のように恋心は出来るだけ秘めた。
沸き上がる気持ちを伏せたのは、友人として、この男が時折見せる翳りの理由が知りたかったからだ。
芳賀……この男はきっと春美と先輩後輩以上の関わりがある。
孝幸はとうにそこに気づいていた。

赤い目をした春美を、このまま芳賀に渡していいのかどうか孝幸には分からなかった。
一度手放してしまえば、春美が二度と手の届かないどこかに飛んでいってしまうかもしれない。
行くなと手を取り、俺の傍に居ろと言いたかった。

それでも……
春美は、自分の意思を告げた。
芳賀と共に行くと。

自分の首に巻いていたマフラーをむしり取るようにはずすと、孝幸は春美の首に巻いてやり、人懐っこい顔でくしゃと笑った。
冷え切った首に、やわらかいニットが巻きつけられて、孝幸の体温が移る気がする。

「里中、なんて顔をしてるんだ。本当に平気なんだな」
「うん。大丈夫」
「深夜から雪になるそうだ。風邪引くなよ、里中」
「ありがとう。孝幸。あの……また、明日ね」
「ああ。またな」

外に出ると、ぱらついていた小雨は雪に変わっている。
もう一度、聡一の広い背におぶさって、春美は揺られた。

『きちんと過去に決別して、ちゃんと自分の足で歩くんだ。今度こそ、お終いにする』

春美の心で決心がついた。

『俺は、春をどうするつもりで引き止めたんだ?このまま、もう一度傷つけてしまうのか……』

聡一の心が、春美を傷つけた過去の時間を、動かしたいと望んでいた。
二人の一つの影が雪の中を進んでゆく。
聡一と春美の、鼓動が重なり合いいつしか二人は無口になった。

聡一の背中で揺れる春美を見送る孝幸は、街灯の下で佇んでいた。
マフラーを失った襟元に、雪が舞い降りる。

そして、雪を避ける名目で、聡一はある建物の前に立つ。
恋人達がつかの間の逢瀬を過ごす、秘密の空間に聡一は足を進めた。

「入るぞ、春」

しがみついた肩に、返事の代わりに春美は力を込めた。
ネオンサインの瞬きが、凍った大気に鮮明に煌く。

聡一の真意を測りかねて、春美は何もいえなかった。

部屋の鍵を受け取った。






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