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真夜中に降る雪 9 

『里中?無事なのか?足は大丈夫なのか?今どこだ?すぐ迎えに行く』
「孝幸……あの、ちょっと落ち着いてくれないか。大丈夫だから」
『あ……ああ、悪い。連絡がつかなかったから、俺、悪いほうばっかり考えて……心配でおかしくなりそうだった。って、言うか。何で、電話一本入れないんだ!何度も掛けているのに』
「ごめん、孝幸。外にいたから、着信に気づかなかったんだよ」
『そうか……大体、里中は呑気すぎるんだよ』

ものすごい勢いで電話の向こうでがなっている、心配性の男の顔を聡一も思い出し、苦笑した。

「孝幸、いい?場所を言うよ。駅前のね、そう北口。歩道橋で動けなくなっているところで、偶然、芳賀さんに助けてもらったんだ。ついでに、近くのラーメン屋で夕食もご馳走になってるところ。……子供じゃないんだから。大丈夫だって。もう、帰るし」

電話の向こうで、孝幸はすぐに行くと言ったようだ。

「うん……うん。分かった。じっとして待ってるから。孝幸が来るまで、ここを動かないから。うん、約束する。おとなしく、ラーメン食ってる」

孝幸の声が、どこか忙しない所を見ると、もうこっちに向かって走り出しているのだろう。

「すみません。何か、社の方に直帰するって言ってあったのが、届いてなかったみたいで。同僚に心配かけてしまったみたいです」
「松前孝幸だろう?分かりやすい男だな。病院にも、毎日顔を出していたらしいな」

返事に困った春美は、仕方なく曖昧に笑った。
怪我をした次の日、孝幸は面会謝絶の札を無視して病室に入り込み、看護士に見つかって出入り禁止を言い渡されへひどくへこんでいた。
その後も諦めないで、「里中君の家族は県外にいるので、しばらく家族代わりとして付き添います」
といって、ナースステーションでがんばったが、結局、「この病院は完全看護だから、近親者もお断りしているのよ、諦めなさい」と、婦長に引導を渡された。
入院している間、出勤前、仕事終わりには、いつも孝幸の姿があり、春美もいつしか孝幸が側にいるのが当たり前のようになっていた。
どうやら、そんな普段の生活まで聡一は知っているらしかった。

「♪~」

ふいに雰囲気に不似合いなアンパンマーチが流れ、春美は思わず聡一に怪訝な目を向けた。
何だ、この趣味。
先ほどのハイジとクララの会話といい、いつから先輩は、アニメ好きになったんだろう?

「すごい、着信音ですね」
「ああ、娘からだ」

背を向けた聡一が、自分の世界に帰ってゆく。
呆然と見守る背中は、去ってゆくあの日と同じものだ。
哀しみの儀式の後、ぱたりと背を向けてドアは閉まり、春美はのろのろと落ちた下着を拾ったのだ……

「ちょっと待って、代わるから」
「は……?何ですか?」

突き出された携帯電話に、何事かと思う。

「パパのお友達だと言ったら、ご挨拶したいというんだ。すまないね」
「……もしもし……」

仕方なく、電話を耳にあてた。
小さな子どもの声がする。

「もしもし。こんにちは。パパのお友達?」
「そう。そうだよ」
「じゃあ、はあちゃんともお友達になってください」
「はあちゃんっていうの?可愛い名前ね」
「芳賀 春です」
「……え?」

冷水をかけられたような気がして、思わず聡一の顔を見上げた。

「春って、どうして?」
「春に生まれたんだ。春、お前の名前を貰ったわけじゃない」

嘘だ。

だってずっと忘れてないっていったじゃないか。
忘れかけていた感情が、堰を切って溢れそうになる。
ぼくの知らないところで、ぼくを思ってたなんてそんなの絶対に許さない。
ぼくの知っている先輩は、残酷で冷酷で、優しさの欠片も無い男のはずだ。
憎まれて当然の男のはずだ。
どうして、こんな心が騒ぐ悪戯をするんだ……?

「春……驚かせて済まない。本当に偶然なんだ」

視界の先の聡一が、ぼやけて滲んだ。
春美には自分の波立った気持ちが、分からなくなっていた。

「先輩……」

がた……!とラーメン屋の立て付けの悪いガラス戸が開いた。






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