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流れる星に愛をこめて 3 【完結】 

医務室の優しいカウンセラーが、どうかしましたかと耳元でささやく。

「な……なんでもありません……」

ぶんぶんと頭を振った。
きっと涙目になっているぼくは、祈りながら遠流が来るのを待っていた。
後で考えれば、遠流の後を追ってトイレに行くべきだった。

一人(?)でお利口に用を足すオメガエルの様子を微笑んで眺めていた遠流は、うちの社のトイレが無人になると自然に蓋が閉まるタイプなのを知らなかった。
便座に置いたまま、自分の小用を済ませ、振り返った遠流は蒼白になったらしい。
ゆっくりとギロチンのように蓋が閉まり、激しい水流音に驚き飛びついたけど間に合わなかったんだと、遠流は顔を歪めて辛そうに語った。
可哀想なぼくのオメガとエルが、驚きのあまり足(?)を滑らせて水流に巻き込まれて行ってしまったと聞かされて、ぼくは西洋の儚いお姫さまのようにぱたりと気を失った。

「みくっ!」
「オメガ……エル~……」

ぼくは遠流の腕の中で、うわ言のようにオメガとエルの名前を呼んでいたらしい。

「ごめん、みく。俺のせいだ」

上得意会社の遠流は、そのままぼくを抱き上げて喫茶室に連れ出し慰めてくれたが、ぼくは……もう……このまま、男子として生きることも叶わず失った半身を思って余生を過ごすしかないのだ。
まだ、23歳になったばかりなのに……

「……うっ、うっ……」

そんなことばかり考えてしまう。
田舎の大学を出てこの会社に入社したのは、きっと遠流と出会う運命のためだったと思ったけど、別れの果てに、こんな惨酷な運命が待っていたなんて。
ふわふわと雲の上を歩いているような気がしていた。
どこか遠くのほうで、遠流が一生懸命的外れにぼくを励ましている。

「大丈夫だ、みく。オメガが無くても、後ろがあるからちゃんと愛し合える」
「後ろって、何?」
「あのな。俺のエルを……」

遠流は、僕の耳元に愛する方法を囁いた。

「ばか~~っ!」

喪った空白はぼくを苛み、感情は凍りついたまま胸に重石となって動かなくなったようだ。
とても真っ直ぐに立っていられなくて、結局、午後も医務室で休ませて貰った。

「後で迎えに来るから、待ってろ」

遠流にも遠流の仕事があり、戻ってゆく彼をぼくは虚ろな目で見送った。
今度こそ、本当にさようなら。
さようなら、遠流。
これまで、愛してくれてありがとう。
ずっと、あなたが好きでした……、これは、オメガエルの分。

カウンセラーの指示通り、しばらく残った休暇を消費することになり、ぼくは退社時刻を待って、よろよろと自宅に向かった。
帰り道、川面に写る西日が目に入って、まぶしくて泣けた。

そこは酔っ払った遠流と二人、並んで立ちションした懐かしい場所だったから。

「オメガ……、エル。そういえば、ここで初めて遠流が、ぱんつの上から触ってきたんだった。だから遠流のこと、最初の頃は性器フェチの変態だと思っていたんだった。あ……今もか」

橋の欄干から揺れる水面を眺めていて、ふいにぼくは気がついた。
もしかするとオメガは、ここに流れてくるかもしれない。
生活廃水はろ過されて、最終的にこの河の上流から海へと流れてゆくはずだから。
もし、水洗で流されてしまったのなら……
実際はそんな事がありえるわけないのだけど、ぼくはのろのろと川に降りる場所を探した。

「オメガーーー!エルーーー!」

夕暮れ、家路を急ぐ人の目に、川を攫う男の姿を見咎める者など誰も居ない。
橙色の小さな細波が、夕日を細かくして蒔いたように光る。
靴を脱いで水の中に入り、こんもりとした水草の陰、投げ入れられた自転車の下、這いつくばるようにして自分の分身の名を呼んだ。

「オメガーーー!エルーーー!」
「オメガーーー!エルーーー!」

そこに、ぼくの分身がいるなんてありえなかったけど、ぼくは懸命に濁った小さな川底をかき混ぜた。
いつか、知らないうちにオメガとエルを失った星の流れる時刻、偶然にもぼくは願い事を口にした。

ぼくの知らないところで、綺羅と、奇跡の星の瞬きが応えた。

「お星さま。どうか、お願いです。ぼくにオメガとエルを返してください。いらないなんて、嘘です。丸ごと遠流に愛して欲しかっただけなんです」

両方失ったぼくの胸には、もう絶望の二文字しかなく拭う指も濡れたまま、水の中に膝をついてぼくは静かに泣いた。
だから、欄干の上からぼくを見つけて、黙って願いを聞いていた遠流にも気がつかなかった。
冷たい川の水が四肢の感覚を奪ってゆく。
捜し求めるちっぽけな存在が、どれほど愛おしい存在か、ぼくがいらないと叫んだちっぽけなオメガエルを、どれだけ遠流が愛してくれたか、今なら分かる。
今ごろ気付いても、もう遅いけれど……。

冷たい川の中に頭から崩れそうになった時、背後からしっかりと支える腕が巻きついた。
頭上から振り注ぐ、ぼくの欲しかった大好きな声。

「みくっ!」
「遠流……とお……る……」
「こんなに冷たくなって……探した、みく」
「離し……て。オメガとエルが居ないと、遠流の所に戻れないから……探すんだ」

ぼくは腕の中で抗って、虚しく本音を口にした。

「ばか、みく。ちゃんと言わなきゃ分からないのか?俺はいつだって、君だけが好きだ」
「遠流……?」
「君だけが愛しい、君だけが欲しい。言って欲しいなら、何度でも言うから。オメガとエルは、みくの物だから可愛いんだ。みくの全てが愛おしいんだ」

遠流……
ああ、遠流……

ぼくの好きな甘い低い声が、ぼくの欲しい言葉をくれる・・・
冷え切った身体が、遠流の言葉で暖められて解け、ぼくの頬を濡らした。
胸の氷が溶けて心の奥底まで満ち足りてゆく。

カン!
足元に流れ着いた、蓋のないやかんが妙な音を立てた。

「あっ!?」

借り暮らしの小人たちが、新天地に旅立つ、サンフラワー号に選んだ金色に輝くアルマイトの、やかん。

「みくっ!オメガエルが!」

何の宗教も信じていないけど、素直に神様に感謝した。
流れ星に愛をこめて、大切な存在に手を伸ばす。

「げっ……!」

ロマンチックを台無しにする遠流の声に、ぼくは思わず顔を向けた。
いくらなんでも、それはないだろうと思ったけれど……思わず、同じく。

「げっ……!」

蓋のないやかんの中に居たのは、ぼくの大切なオメガエルと、もう一組のひと回りもでかい、これもオメガ ω……と、エル Л……なのか~?
うわ~、何、これ。

「迷子になってる間に、友達ができちゃったの?オメガ」

恥ずかしそうにする友人を、オメガは先っちょでちょっと押して紹介した。
友達はちらとオメガを振り返り、こちらを向いて、はじめましてと御挨拶……

するか~~~!!

***

廃品のやかんに、オメガエルと新しいお友達(?)のでかいのを入れて、ぼくらは帰ってきた。
どこかマヌケな(だって、そいつのオメガの方には少し毛が生えてた)オメガ同士が仲良くしていると、遠流がやきもちを焼く。
やかんを覗き込んで、遠流がわめいていた。

「おいっ!みくのオメガから離れろっ!あ~~~っ、先っちょ絡めるな!エル!」

そいつの名前はオメガエルに似ていると言うので、エ〇ザイルと遠流がつけた。
「ル」しか合ってないですけど。
カーステレオから流れる「チュ―チュートレイン」の音楽にあわせて、二人(?)が仲良く踊っていた。

どこから来たんだろうと考えないでもなかったが、きっと挙動不審な飼い主は、すぐに見つかるだろう。
きっと、君の事いとおしくてたまらないんだよ。
今ごろ、探し回ってるさ。
帰ったら、ネットで流星群情報を調べよう。
今度こそ、遠流と愛し合う。

西の空に、低く尾を引いてほうき星が流れた。






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