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隼と周二 番外編 SとⅯのほぐれぬ螺旋 8 

幼い頃から頭の良かった蒼太は学年に関係なく、大学の研究室に出入りを許されるような子供だった。
父が物理学者だという影響もあったかもしれない。
日本に来る前に父に渡した理論は、その後の父親の研究室の基礎になるほどの、完成されたものだった。
大人ばかりの中で切磋琢磨されて、子供らしさの微塵もない蒼太は同じ学年の友人はできなかった。
みな声をかけることもなく、蒼太を遠巻きにして尊敬と畏怖の視線だけを送っていた。
教師もみな、蒼太の知能にしか興味が無かった気がする。
母親は自分のしたいことに夢中で、雇った家政婦も誰一人として、僅かな体調の変化などに、気遣ってくれるようなことは無かった。
自分の子供のひざ小僧のすり傷を心配しながら、猩紅熱で苦しむ蒼太は置き去りにされる。
他人とはそういうものなのだと、いつしか慣れた。

両親が離婚することになり、アメリカから日本へ移ることになって、初めて集団生活のなかに身を置いた。
友人は元々持ったことがなかったし、直ぐに学校でも一目置かれて、稀代の生徒会長などといわれても、何の感慨も無く淡々とすごしていた。
独りでいるのは、慣れている、誰もいらないと、ずっと思っていた。

そんな中、一年後生徒会に入ってきた沢木隼という生徒は、これまでの蒼太の知る学友とは少し違っていた。
蒼太の肩書きに萎縮したり怖じたりすることなく、真正面から懸命に話をし、眼鏡の下は表情の変わる少女のような顔で居ながら、男らしく正義感を持ち芯がぶれるようなことは無かった。
口ごもったり語彙が少ないのも、一生懸命言葉を選ぶからだと直ぐに推察できた。
やがて蒼太は、眼鏡の下の綺麗な顔を知っているのが、自分だけだという優越感すら持つようになる。

「生徒会長のお邪魔じゃなかったら、ぼくお昼ここに来てもいいですか。ご飯は、独りより二人で食べたほうがおいしいです」
味気ない昼食を生徒会室で済ませていたら、いつしか父親が作ったという豪華な三段弁当持参で昼休憩にも現れるようになった。
つかの間の穏やかな時間を手に入れたと思った。
自分のものだと思っていたのに、初めて恋しいと思える相手にはどこがいいのかわからないような粗野な思い人が居て、蒼太は身悶えするほどの苦痛を味わったが、その後知り合った木本に惹かれるようになる。
大人の木本も、蒼太の知能や肩書きではなく、生身と接してくれた。(ちょっと、語弊があるかもしれないが、蒼太はそう思っていた。)
手ひどい愛撫に泣き叫んでも、最後には抱きしめてくれる。
IQを口にせず、何も持たない裸の蒼太に向き合ってくれた大人は木本が初めてだった。
年上の恋人の懐の中に抱かれ、名前を呼ばれるとき蒼太は、自分の中にあった広い空虚がじわじわと埋まってゆくのを感じた。
愛を知らなかった少年に、木本は人肌の温かさを教え、愛し合う二人が同時に熱を放出したときの充足感を教えた。
「これが、愛?」
腰に穿たれた熱い器官を、激しく抜き差しする恋人にこわごわ聞いた。
身体を引き裂かれるような痛みに喘ぎながらおずおずと問う蒼太に、木本は真っ直ぐに目を向け、ほんの少し唇の端を上げて欲しかった答えをくれた。
「愛だな、蒼太」
「愛……」
想いが迸る気がした。
木本と居ると細胞の隅々にまで、愛が染み渡る気がした。

初めて得た思い人が愛してくれたのは、実は仕組まれた仕置でしかないと分かっても、蒼太は木本が本当に好きだった。
本当は痛みには弱く、拘束や緊縛はやめて欲しかったが、それでも最後に許されて抱きしめられればそこにある手に縋った。
だが……。
蒼太が、のめりこむほどに愛すれば愛するほど、木本は何故だか距離を置き離れようとする。
それが、辛くて悲しくてたまらなかった。
ついには、聞きたくなかった悲しい別れの言葉を、身を引き裂かれるような思いで聞いた。
最後に別れを告げられた時、蒼太は奈落に落ちる崖のふちで吹き上がる風になぶられている気がしていた。

だが、今。
蒼太の思い人は、ついに自分に陥落し、本当は心から大切に思っていると本心を打ち明けてくれたのだった。
嬉しさで舞い上がり、身震いしそうだ。
熱さえなければすぐにも全身でぶつかってゆけるのに、まだ話をすると酷く疲れるのが悔しかった。
何故、木本がずっと病院に居るのか、看病してくれるのは何故なのか、聞きたかった答えを貰った気がした。
「蒼太。俺が悪かった、俺にできることなら何でもするから、許してくれ」
熱で潤む瞳の奥で、蒼太はついに木本を手に入れた。

「木本さん。何でもしてくれる?ほんとう?」
「ああ。元気になったらなんでもしてやる。約束する。だから、早く良くなれ」
蒼太はこれまで木本が見たことも無かったような、蕩(とろ)ける極上の笑みを嫣然と浮かべた。
まだ熱い身体を、木本に預けて小さく呟いた。
「ぼく……木本さんを、抱きたい」
木本が思わず目をひん剥いて、問う。
信じられないという顔を向けた。
「おまえが?」
「そう。蝋燭の火の揺れる中で、あなたを縛ってみたい。きっと、綺麗だよ……すごく。」
言葉を失って木本は、寝台に黙って横たわる蒼太を見つめ本気かと問うた。
頬がこけた蒼太の小さな顔は、一回り又小さくなった気がする。
子猫のようだと思った瞳が、すうっと細く艶を含んで微笑むと三日月になった。

囚われてしまったのは、もしかすると自分のほうかもしれないと木本は腹をくくった。
再び、酷い咳に襲われた最愛の恋人の姿に、木本はもう断るすべを持たなかった。
背中をさすってやりながら、木本は約束した。
「わかった。おまえが望むなら、なんでも叶えてやる」
「うれしい……」
露の宿った瞳が切なげに細められた。

郊外の畦に、曼珠沙華が紅く群れる頃、蒼太は退院した。






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