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小説・約束・51 

窓枠が、びりり・・・と震えた。
腹に響く、重低音・・・
低空を飛ぶ、グラマンの飛行音に良平は気が付いた。
思わず、窓に駆け寄った。
黒い機体が隊列を組んで、飛んでいた。
どこも、焦土と化そうとしていた・・・
無条件降伏に難色を示した日本に対する、無差別攻撃が加速していた。
ずっと後になって、凛斗は懐古するようにその時の話をした。

「ずいぶん、怒られたね。僕は、泣いてばかりいた気がする。」

良平も答えた。

「仕方ない、そんな時代だったんだよ。」

心の中で、詫びながら・・・
良平が帰宅したとき、玄関から出てきた見慣れない陸軍将校が、車に乗り込むのが見えた。
軍米を扱う地主は近隣に多く、佐藤家ではその取りまとめを行っていたから、その頃軍人の訪問は珍しいことではなかった。
祖父と言葉を交わし、車に乗り込んで横を通り過ぎる際、ちらと見えた横顔に良平は思わず息を呑んだ。
良平が時々買ってもらう、少年雑誌の挿絵から抜け出たような美しい軍人だった。
少し通り過ぎて、車が停まった。

「君。待ちなさい。」

声をかけてきたのは、初老の軍人だった。
柔らかい笑みを浮かべた、人好きのする優しい面差しは、さきほどの華宵の絵の少年の身内だろうか。
面差しの似た車の中の若い軍人といい、二人とも映画で観る二枚目役者のようだと思った。

「君は、佐藤の親族かな・・・?失礼。似ていると思ったので、声をかけさせてもらった。」

「・・・お爺様のお知り合いの方ですか?」

「僕は、佐藤良太郎の孫です。」

悪びれずに、そう答えた。

「おお、やはりそうか。そうだと思ったよ。面差しがどことなく似ている。」

「真っ直ぐに育ったんだろうね、清々しい眼だ・・・」

そう言いながら、するりと傍らに寄った男から、思わず良平は離れた。

「父上。」

高畠華宵の絵の少年が軍服を着て、車から降り立った。

「僕に、紹介して下さらないのですか?」

凛斗が脆い儚げな美しさを持っているのだとしたら、彼の冷たい両性具有の美貌と三白眼は、どこか違うもののような気がした。
上品な物腰で車の脇に立った姿は、やはり一幅の絵のようだ。

「はじめまして。」

優雅に差し出された、白手袋を外した少年の手。
思わずしまったと思ったが、逃げ込もうにも玄関は遠い。
しかも、二人は行く手を阻むように立っていた。

「先ほどあなたのお爺様と、お話しましたよ。」

目の前に立って視線を外さないでいるのが、良平の精一杯の虚勢だった。
初老の男は息子だという少年の肩に、手を置いていた。
良平はその手が、生き物のように蠢いて、襟元から胸へと滑り込むのを見た。
例えようのない嫌な違和感が、怖気となって背筋を走る・・・きっと、これがお爺さまの言っていた大久保という男に違いない。
確証はなかったが、本能がそう告げていた。

「青い眼の白い猫に会いに来たのですが、残念ながら逃げたそうです。」

「父上が熱望されるので、こちらへ探しに来たのだけど。君は・・・行方をご存知?」

粘りつく少年の視線が、良平の顔をぐいと覗き込んだ。
乾いた声で何とか「知りません」と告げた。

「そう・・・?その猫はね、とても扇情的な良い声で、鳴くそうですよ。」

せん・・・?どんな意味だ・・・?

「君は、猫を好きですか?」

柔らかい仕草で、煙草を取り出して火をつけた。
胸の中の何かが、その場から立ち去った方がいいと囁く。
祖父の言葉が脳内で響いた。

『覚えておくといい。狡猾で頭のいい男は、まるでこの世の者とは思えないほどの、美しい天女か如菩薩のような顔をしているんだ。』

良平は、辛うじて言葉を搾り出した。

「あなたは、お・・・大久保伯爵ですか・・・?」

意外だという風に、

「おや。父の名をご存知でしたか?」

少年は、近々、爵位を継ぐつもりだと微笑んだ。

「君とは、年も近いようだし良い友人になれそうだ。」
 
「どうです?これから僕の屋敷に遊びにいらっしゃいませんか?」

肌が粟立つように冷たい手が、良平の手を取った。

「ぼくの屋敷にいる他の可愛い猫も、見せてあげたいな。ぼくにとても懐いて可愛いんですよ。」

「たまに悪さをして、厳しいお仕置きすることもありますけどね。」

良平は女郎蜘蛛の巣にかかり、逃れようと無意味にもがく羽虫になった気分だった。



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