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隼と周二 番外編 SとⅯのほぐれぬ螺旋 4 

「何を馬鹿なこと言ってるんだ」
軽い気持ちで松本の腕を振り払おうとしたが、振りほどけない力で木本は押さえつけられた。
「俺っ、本気ですっ!」
「馬鹿野郎っ!松本、離せって、この馬鹿っ!何を考えてるんだっ!」
「いやだっ!このまま兄貴が役立たずになっちまうくらいなら、俺はこの先兄貴に嫌われても、こうしたほうがいいんだっ!失恋したときは、嘘でもいいから誰か他のやつを抱けば忘れられるって、以前言ってたじゃないですか。」
どっとソファから床に転がり落ちて、したたかに背中を打った。
「つっ!」
木本の目に、必死の松本の顔が映る。
「松本」
いつも金魚のふんのようにしてまとわりつき、慕ってくる可愛いやつだった。
弟分としてそばで面倒見てやってくれといって、自分のところに連れてこられたときには、荒涼とすさんだ目をしていた。
いろいろなものに裏切られ、親に見捨てられて行き場がなくなったのを木庭組の先代が拾ったという話だった。
若い松本に体重をかけられ、大型犬に押し倒されているような気がする。
最近まともに、食事をしていなかったから押し返そうにも体に力が入らなかった。
あっという間に、足を割られ支配者の顔になった松本が、どこか苦しそうに顔をゆがめた。

「やっぱ、無理だ……おれ。すみません、すみません、木本さん」
「何だ、おまえ。俺のことがそんなに好きだったのか?手篭めにしようなんざ、いい度胸しているじゃねーか」
いたずらっぽく片目を瞑ったら、松本が押さえ込んでいた肩口にどっと落ちてきた。
「本当は、そんなじゃないですっ。店のみんな、兄貴のことを心配してるんです」
「みんな、兄貴みたいになりたいってがんばってるのにっ。腑抜けになったなんて他所のやつらに悪口言われて、悔しくてっ。すみません」
松本が木本を慕っているのは、周囲にいる誰もが認めるところだった。
色恋ではなく、人として本気で兄貴に惚れているんだと豪語して、役に立とうと懸命に働いていた。
もし、本当に弟がいるのならこんな感じだろうかと、思ったこともある。
高校中退の松本は、確かにそろばん勘定は木本ほど達者とはいえなかったが、文字通り身体で仕事を覚えるというタイプだった。
自分のために何とかしようと思いつめたあまり、胸で嗚咽する弟分の背中を、ぽんぽんと叩いた。
木本の中で、何かが吹っ切れた。
「心配させて悪かったな、松本。ちょっと自分を見失っていただけだ。これから、ばしっと気合入れるからな。

その時、携帯電話が短く鳴った。
「あ、電話が鳴ってます、兄貴」
「大した用じゃないだろ。それより次のショーの段取りを教えてくれ。仕切り直しだ。前回の顧客名簿もついでにな」
「はいっ!!」
松本が喜んで跳ね上がって、駆けてゆく。
両手で顔をぱんと張って気合を入れた木本の頬はやつれて、どこか痛々しかったが目に力は宿っていて松本を安心させた。
だが、その時電話を見なかったことを木本は後で後悔することになる。
短く一回鳴って切れた電話の相手は、木本の最愛の樋渡蒼太からだった。

周二は松本に、それとなく木本の仕事の様子を聞いていた。
「なんかさ、何とかやってるみたいだけど、無理してるんだろ?あいつ」
「大丈夫です、周二さん。木本の兄貴が自分で決めたことですから、きっとすぐにもとの兄貴に戻ります」
いつまでもあのガキに振り回されてる兄貴じゃありませんよと、嬉々として話をする松本に、だったら、もういいかーと、話を振るのをやめた。
人の恋路に関わるのは、誰にとっても多聞に大きなお世話なのだ。
周二が木本に伝えようとした学校での樋渡蒼太の様子は、登校はしているもののまるで人が変わったようだった。
中間テストの順位は変わらず一位だったが、それはこれまでの預貯金で何とか死守したに過ぎない。
総合得点は50点も下がり、みな天才の不調の理由を知りたがった。
生徒会室でぼんやりと時間を過ごし、皆勤更新中だった授業時間にさえ間に合わないこともあった。
自分の恋で精一杯の周二さえ、どこか哀れに思うほど思いつめた顔をしていた。

「樋渡会長。そんなに悲しいのなら、いっそ泣いてください。我慢しているのを、見るのも辛いです」

蒼太の遅い初恋の相手、書記の沢木隼が書類の整理の手を止めて、可愛らしい顔で憂いの生徒会長の顔をじっと覗き込んできた。
ふいに優しい言葉をかけられただけで、切なくなって樋渡蒼太の目元が滲む。
「沢木。もうね、いっぱい泣いたんだよ。涙ってこんなに出るんだって、驚くくらい」
「ううん。一人で泣くんじゃなくて、好きな人の胸で泣いてください。会長、木本さんの前で泣いたことありますか?」
「沢木はあるの?木庭の胸で泣いたこと」
微笑む一年生は、ぎこちなく単語を操りながら懸命に、蒼太の力になろうとしていた。
沢木隼の恋人は、蒼太の想い人の知り合いだから、きっと二人の別れ話は耳に入っているのだろう。
「ぼくね。泣いたこともあったけど、今は、いっぱい話をします。一緒にいても、分からないことってたくさんあるから」
「そう。沢木は木庭と話をいっぱいするの。いいね。ぼくは、あの人とどうだったかな」

忘れようと努力しても忘れられない木本の面影が、まぶたの奥で揺れる。
「考え方も育った環境も違うから、黙っていても分かるはずだって相手に求めるのは、エゴだってパパが言ってました」
「エゴなの?愛じゃなくて?」
「あのね。会長に上手く伝わるかどうか分からないけど、これはパパの受け売りです」
「うん。話してみて、沢木」
「ぼくがね、う~んとおなかがすいて、おうどんが食べたくなってるとするでしょ?」
「でね、おうどんやさんに行って『天ぷらうどんが食べたい!』って、心の中で一生懸命思うでしょ?」
「ああ」

生徒会室の長椅子の隣に座り一生懸命に話をする沢木隼の目は、幼い子供のように白目が青みがかっている。
こんな風に、懸命に自分の気持ちを伝えようと、自分は木本に近く向かい合ったことがあっただろうか。
「心で天ぷらうどんが食べたいって力いっぱい叫んで、注文をとりに来たお姉さんに『カレーうどん、ください』って小さな声で頼んだら、何が来ると思います?」
「注文したんだから、カレーうどんだろう?」
「そうです、先輩。言葉で伝えたから、来るのはカレーうどんなんです。だからどんなに思っていても、相手には自分の気持ちを言葉で伝えなきゃだめなんです。百万回胸で唱えるよりも、一回言葉にしたほうが伝わります」
「こんなに好きなんだから分かってくれるはずって、みんな言うけど、好きならなおさらきちんと言わないと……パパがね、昔、恋をしたときに、欲しいものは欲しいと言わなきゃ一生伝わらないって、好きな人に言われたんですって」
「そうか……ああ、伝えるってそういうことか。沢木、ありがとう。いい子だね」
「ぼく、話すの下手だから、ちゃんと伝わったら嬉しいです」

夕日の射す生徒会室で、蒼太ははにかむ初恋相手の言葉に、癒されていた。






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