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隼と周二 番外編 SとⅯのほぐれぬ螺旋 3 

蒼太が、木本のほうを振り返ることはなかった。
明晰な頭脳で学校中から羨望の眼差しを送られる、自信に溢れた生徒会長の姿は、今やどこにもない。
雑踏の中を走ってゆくのは、手ひどい失恋で傷ついた一人の高校生だった。

『まともに(セクスの)相手ができるようになってから、俺の前に現れろ』

引きつった顔を背けて、逃げるように駆ける蒼太の脳内では、木本の言葉がずっと繰返されていた。
親以外に、生まれて初めて肌を合わせた男だった。
手酷いこともされたし傷だらけにもなったが、それでも最後には名前を呼んで、頭をなぜながら「蒼太は、いい子だな」と抱きしめてくれるのが支えになった。
最初はどうでも愛に飢えた蒼太は、木本を真実の恋の相手だと思って慕っていた。
「これが愛」かと問えば、少し照れたように肯いてくれた。

それなのに、どうして?

どうして……?

目の前で他の男をなぶる木本の冷ややかな視線が、蒼太を深く傷つけていた。
いつも、年上の恋人につり合う自分になりたかった。
何も知らないで慕うだけの幼い自分が、大人の木本には重荷になったのだろうか。
ひたすら求めるだけで、返すすべを持たない自分に、腹が立ったのだろうか。
不確かな「愛」を常に口にする、女のような繰言が不快だったのだろうか。
思い当たる山ほどの答えに攻め立てられるように、涙ににじむ世界を流れるように蒼太は、ひたすら黙々と早足で歩いていた。
「あ……貰って来たプレゼント、置いてきちゃった。どうしよう」
もしかするともう一度会う口実になるかと考えたが、あまりに子供っぽくていやになる。
年上の恋人は、これからきっとあの黒い皮パンの青年と長い夜を過ごすのだ。
「……うっ、うっ……」
絡み合う二人のことを考えただけで、咽喉元からこらえ切れない嗚咽が、切なくこぼれた。

木本が自分と別れる決心をした高架の上に知らずにたたずみ、蒼太は声を抑えて泣いていた。
さっきまで、恋人と自分の世界は陽にあふれ喜びに満ちていたのに、いまや孤独の奈落に転がり落ちそうな蒼太だった。
ぐいと涙を拭いた手に残る、変色した数本の痣は戒められた重い枷の痕だ。
お仕置きベッドに、四肢を拘束されて愛された名残だった。
木本が自分に付けた傷すら愛おしく、蒼太はまた新しい涙に濡れた。
「木本さん……、木本……さんっ……」
癒えかけた傷に歯を当てれば、木本の声が聞こえる気がする。
「痛っ……」

『痛いの好きだよなぁ、蒼太・・・』

口の中に、木本の好きな血の味が広がった。
違う……、蒼太は、いつも木本に言いたかった。

『ぼくが好きなのは、痛みではなくあなたです。道具も何も必要ない、あなただけが、欲しいんです』

「木本、さんっ……うっうぇっ……」
樋渡蒼太、人生二度目の失恋はあまりに大きすぎた。

一方、こちら木本の周囲でも誰もが、様子がおかしいと気がついていた。
国際ライセンスを持っている男が、車庫入れに失敗して高級外車のテールランプを割った。
傷ついたバンパーを眺めて、木本は呆然としている。
「俺、兄貴の名誉のためにも、絶対誰にも言いませんから!」
松本の励ましにも、ただ虚ろな目を向け困ったように肩をすくめただけだった。
仕事のほうも、心ここにあらずという様子で、ショーに出るM女が切れた。

「ちょっと。なめないで欲しいわね。真性Sだっていうから期待してきたのに、縄抜けできそうな緩い縛りなんて冗談じゃないわ。言っておくけどこんな生温いショーじゃ、金も取れないし、あたしどころか客だって誰も満足しないわよ」
「兄貴は今、体調不良なんですみません。本当に、すみません。代役を直ぐに立てますんで、勘弁してやってください」

木本が役にたたないので、松本がM女に必死に謝って、周二の知り合いの縄師に無理を言って来てもらった。
会員制のマニアックなショーはいつも木本が仕切り、常にキャンセル待ちが出るほど盛況で、嗜虐の熟れた舞台は一度目にしたものは必ず次も声をかけてくれとねだるほど洗練されていたのだ。
「なあ、あいつどうしちゃったんだ?」
周二の問いに、松本はあっさりと、木本が想い人と別れたんだと打ち明けた。
「え、生徒会長と、別れたのか?あんなにいちゃこらしてたのに、何で?」
生徒会長と別れて以来、木本はずっとこの調子で腑抜けたようになっている。
周二は、二人の相性の良さそうな睦み合う様子を垣間見たことがあったから、別れたのは意外だった。

それから2、3日後、木本はSMショーで生ぬるいといわれ意地になって鞭を振るい、とうとう出演者に病院へ担ぎ込ませるほどの擦過傷を負わせた。
嗜好ではなくショーとして、ぎりぎりのところで駆け引きをして、相手が理性を失い感情の赴くままに堕ちるのを引き出す天才といわれた木本が、今や色をなくしていた。
どんな出演者にも、絶対の信頼を得ていたはずの木本が、舞台で病院送りにした話を聞いて、いまや出演者が二の足を踏む始末だ。
「兄貴……何、やってんすか」
男も女も手玉にとって落とし方(くどき)のマニュアルムービーまで作ったやつが、たがだか高校生相手に骨抜きにされていると思うと松本は腹立たしくて堪らなかった。
商売においても、揉め事においても尊敬すべき兄貴分のこの体たらくはどうだ。
こうなると、蒼太まで憎らしくなってくる。
「木本の兄貴!」
「んー」
ぼうっと、ソファに深く沈み込んで木本は視線だけをやるせなく松本に向けた。
「いったい、どうしたんです?あんなションベンくさいガキとの色恋をここまで引っ張るなんて、兄貴らしくも無い。どこまでも自信に溢れて、腹立つほど高慢ちきなドSの兄貴はどこに行っちまったんですか?」

木本は激昂する松本に、薄く笑ったがその目は力なく潤んでいるようだった。
ほっと深くひとつため息をつくと、肩を落としてソファに沈み込んでいた。
その頬には、無精ひげがうっすらと浮かび、その横顔を眺めて松本は悲しくなった。
「まともに飯も食ってないみたいだし、このままやつれていく兄貴を見てるのなんてごめんですからね。蒼太を忘れられないって言うんなら、俺が……俺が忘れさせてあげます」

思いつめた表情の松本が、木本ににじり寄った。






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