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隼と周二 恋人たちの一番長い夜 2 

周二は一瞬隼に取りすがるようにし、そして後ずさった。
様子を見るために剥かれた白い太腿に、紅い糸のような筋がつっと走る。
「嘘だろ?なんだよ、これ……血……?」
足に伝わって流れた液体には、血と周二のよく知る白いものが混濁していた。
「周二坊ちゃん、ちょっといいですか」
気道を確保して、木本が息を吹き込んだ。
両手を組んで、心臓の辺りにとんと強く刺激を与えた。
真っ白な顔で、固く眉をひそめて苦しげな表情のまま、隼は息をしていない。
「木本、代わるから。隼は俺んだから」
目の前の状況が分からぬまま、必死で周二は蘇生させようとした。
酸素が脳に回らないと、それだけで命は危なくなる。

たまに、仕事柄ショック状態に陥る人間を見てきた木本は、経験上余りよくない状態だと一目で理解していた。
店から、備え付けのAEDが運ばれ装着された。
長い間、息を吹き込み心臓に刺激を与え続けて、周二が顔を上げたとき、隼はほんの少し息を吐き周二を認めた。
思わず、安堵のため息が漏れた。
「隼っ!どうした?何があったか言えっ!」
「……」
声にならなかったが口の形で、周二の名を呼んだのがわかった。
しかし、それきり隼は再び昏倒するように意識を失った。
ほんの少しの胸の上下だけが、生きている証だった。
「周二坊ちゃん、とりあえず救急車が来るまで触らないほうがいいです。息がありますから最悪、と言うことはないと思います」
周二は頭を抱え込んで、隼の側にうずくまった。
「なんだよ、これ。何があったんだよ、隼……隼……」

買い物に一緒に行ってやると言ったのに、今日はどうしても一人で行くと珍しく言い張った。
いつもと同じように、にこにこと待ち合わせの喫茶店に現れて、今日はちょっとだけ遅くなるけど待っててねって言ったくせに。
ぼくも、周二くんにペンダントのお返ししたいからって、可愛い笑顔ではにかんで、溶けた。

『楽しみにしててね、後でね……周二くん』

気が付けば、知らないうちに頬が濡れ、涙がカーペットに吸われてゆく。
「隼、後でねって言ったじゃねぇか」
「周二坊ちゃん」
「無理矢理でも、一緒に行ってやればよかった。おまえ、何で三丁目なんかに居たんだよぉ」
拳に数滴涙が落ちた後、周二はばっと狼の顔を上げた。
「木本。あのシマは、叔父貴のところだったな?」
「そっちはもう、手を回しました。街頭にカメラも多いですし、沢木の旦那も動いてますから、すぐさま上がるはずです」
「そうかよ」
周二は、ほっと短い息を吐き、もう濡れてはいない穏やかな顔を木本に向けた。
一見、表情は穏やかだが場慣れたものには、その精悍な印象の整った顔に張り付いたものは、殺気が研ぎ澄まされて形をかえたものだと分かるだろう。
見えない冷たい焔が、輝く美しい気圧(オーラ)となって周二の全身を包んでいた。
その姿は、陽炎に包まれて猪に乗る闘神、摩利支天の化身のようだ。

怒りに燃え上がったこの姿を、木本が見るのは二度目だった。
一度目はうんと昔、まだ周二が就学前に父親が人違いで狙撃されたとき、こういう状態になった。
木本が、木庭組の先代に拾われた頃の話だった。
あれから木本は、周二のそばから離れられなくなったのだ。
「いいな。サツより先に、俺の前に首をもってこい。マッポに、先越されるんじゃねぇぞ」
感情を押さえた低い声が脳髄に届くこの一瞬、木本は心臓を濡れた手で締め上げられるような、痛いほどの恍惚を覚える。
普段、市井の中で姿を変えて、緩く過ごしている野生の獣が瞬時に本性を現し獲物の喉笛に、一撃必死の閃きで牙を食い込ませる瞬間を目撃できる気がする。
可愛い恋人と過ごしているときとはまるで別人の、周二に流れる生来の肉食獣の血。
この美しい姿が、もう一度見たかった。
一度囚われてしまったら、もう安穏な日常に戻れなくとも構わないと本心から願ってしまう。
木本はサディストだが、骨髄まで食い尽くされてしまいたいと被虐者が恋うる、血も凍る感覚を理解していた。
生まれつき流れる冷酷な自分の本質が惹かれるのは、密かに隠された凶暴さを垣間見ることなのかもしれない。
野獣が喉笛に牙を食い込ませ、血にまみれて獲物をむさぼるさまを想像し、うっとりと我を忘れそうになった。
真っ直ぐに獲物だけを狙って捕らえる狩人のように、極めて自然に、静かに周二は殺意を告げた。
「隼をこんな目に遭わせたやつを、許さねぇ。俺が、バラす」

赤色灯が回って、近づいていた。






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