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小説・約束・48 

学校とは名ばかりの農作業を終えた後、良平と勝次は、毎日洋館へ急行した。
少しでも早く、凛斗を連れてきてやりたかった。
住み慣れた場所に来れば、子供のようになった凛斗も少しはしっかりするだろう。
片付けのめどはつき、日が落ちて薄闇になったら凛斗を連れてこようと思った。

「良平、これは?」

「捨てよう。」

どこもかしこも、余計なもので溢れている。
衣裳箪笥や柳行李には、年代物の着物が溢れていたし、子供の持ち物は誰が揃えたものか、皆、新しかった。
出逢った初めから、会話はぎこちない凛斗だったが、母親に会えてから子供のようになっている気がする。
母親のことは「かあさま」と呼んだが、良平のことは「良平」だったり「とうさま」だったりしていた。
佐藤の主治医は、当主と民からおおよその話を聞き、軽い錯乱状態にあるのだろうと、見立てた。
人はうんと酷い目にあった時、自分を守るために、すとんとその間の事を忘れるように記憶が飛ぶのだそうだ。
3つ年上の、幼くなってしまった凛斗の心の中は今いくつなんだろう。
青い眼は静かな海の底のように、ぽっかりと空を見つめていた。
せっかくお母さんに逢えたのに・・・
11年も待ったのに・・・
障子にもたれて異国の言葉を呟く凛斗は、どこかに行ってしまいそうで怖くなる。

「ずっと僕の側に居るんだよ。凛斗。」

腕を掴んだら、身をよじった。

「約束だよ。」

はっと、身をすくめた凛斗。

「やく・・・そ・・く・・・?」

「うん。」

ふいに、凛斗の眼からはらはらと涙が零れ落ちて、良平は焦った。

「どうしたの?凛斗?どこか痛くなった?」

「約束」という言葉に反応した凛斗は、目の前の良平を認めてかぶりを振った。

「どこも、痛くない。・・・ぼくは、考えていただけ。」

「何を?」

「約束が守れなかったら、どうなるんだろうって・・・少しの間のさよならは、とても長くて・・・ずっと終わらなかったから。」

その時、良平は気が付いた。
凛斗の戸惑いは、突然手に入った「一人じゃない」ということ。
寂しい人魚は、海の底から眺めていた温かい光を手に入れて、どうすればいいのか戸惑っていた。
良平は、日々の暮らしの中でますます決意を強くした。


誰にも教えない。


誰にも渡さない。


ひっそりと静かに、凛斗は森の奥の廃屋に隠されていた。
早く、明日にでも戦争が終わればいい、今の良平の願いはそれだけだった・・・。

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