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世良兄弟仇討譚 長月の夢喰い(獏)・9 最終話 

獏(ばく):体は熊、鼻は象、目は犀、尾は牛、脚は虎にそれぞれ似ているとされるが、その昔に神が動物を創造した際に、余った半端物を用いて獏を創造したためと言われている。
人の悪夢を喰う。




一座の花形役者、吉沢笹目が芝居小屋に暇を告げたのは、それからしばらく後のことだった。

仇討の終了を告げに義母の庵を訪ねたが、既に義母も胸を突いて事切れており、武家の妻女らしく倒れても膝が崩れぬようにきちんと二箇所細い紐で縛めてあったのはさすがであった。
「義母上様……これで、とうとう……」
独りになってしまった……と、笹目は頬を濡らし、亡きものたちに向かって拗ねた。
「兄上。酷いじゃありませんか。何故、笹目も共にお連れ下さらなかったのです」
「許せ、笹目」と、兄がから……と、明るく笑って言った気がする。

長月の長い悪夢のような日々がやっと終わり、今や5柱(義母、父、母、義兄、弟)の身内の菩提を弔うのは、笹目しか居なかった。
江戸一番の女形は、不幸にして亡くなった兄弟の菩提を弔うために、得度して僧形となった。

江戸中を騒がせた、猟奇殺人の噂も人々の口の端に上ることはなくなった頃。
玲瓏な美貌を墨染めの衣に包んで、旅の僧は12年の長旅を終え、義母が住んでいた粗末な庵へと帰って来た。
元々、粗末な庵ゆえ草に埋もれているやも知れぬ、帰ったら掃除から始めねばならぬ、いやいや、庵など朽ち果てて形跡すらないやも知れぬ……と、思いながら人の気配に、ふと足を止めた。

「母上。朝顔に水をやってまいります」
花鉢を抱え、ぱたぱたと庵から走り出てきた前髪姿の童に、笹目は言葉を失った。
笹目が瀬良の家に養子に入った頃の、13才の義兄の姿がそのままそこにあった。
「なんと……これは、弥一郎兄さまに瓜二つ……?」
「わたしの父上の名を知るあなたは、どなたさまですか?わたくしは、世良月弥と申します。この庵で旅に出られた叔父上のお帰りを待っているのです」
「そなた、父上の名は?母上の名は?……ああ、すまぬ、動転してしまったようだ」
思わぬ出会いに、笹目の胸は躍った。
「父の名は、瀬良弥一郎、母の名は、静と、申します」
「そなたは何故ここに?」
「はい。長年の濡れ衣と曲解が晴れ、大殿さまからのお言葉もあって、瀬良家再興が叶いました。わたくしは、まだ元服前ですので、笹目叔父上様のお帰りをずっと待って居ったのです。」
「なんと!我らの長年の宿願、お家再興が叶ったと申すか……」
少年を追って庵から出てきた妙齢の婦人が、笹目に向かって頭を下げた。

「お久し振りでございます。笹目さま。これなる月弥は、弥一郎さまの忘れ形見でございます。」
「これは……静殿。では、過日の」
「はい。笹目さまがお帰りになりましたら、烏帽子親になっていただき月弥を元服させたのち、家督を継ぐようにと殿からお許しをいただいております。おそらくお帰りになられた時には、この庵にお立ち寄りになるだろうと思い、ずっとお待ちしておりました」
「そうであったか……」
弥一郎と月華の名を一字ずつ貰った少年の面影に、亡き兄弟の面影を認めて笹目は落涙した。
これまでの全ての憂さが晴れ、雲間から光芒が降り注いだ思いであった。
「兄上、長月の獏(ばく)は悪夢を食い尽くしたようです。もう、鵺(ぬえ)も啼きますまい」
胸に抱いた、兄と弟の位牌に話しかけると、かたと嬉しげに震えた気がする。

笹目はそのまま還俗して、再び武士となり瀬良家嫡男の後見をすることになった。
静の語るところによると、弥一郎と月華を亡き者にし、狂人となった坂崎采女は、あのまま屋敷の奥で朽ち果てるしかなかったという。
側用人が、余りにむごいので遺体は見ないほうがいいと言って、静は結局愛する人の遺体の傍にも寄れなかったそうだ。
静にとっては大切な父でも、愛する人にどれほどの無体を働いたのかと思うと、白木の墓に眠る弥一郎に詫びる言葉もなかった。
「弥一郎さま……静はあなた様のお傍に行きとうございます……」
落胆の日々、自害もかなわず、打ちひしがれて空しく日々を重ねていた静は、やがて腹に恋しい人の残した命が芽吹いたのを知る。
腹に宿った新しい命は、静にとっても生きる力となった。
静は、心穏やかに男子を生むと、狂気の父が呟く言葉を書き連ねた訴状をしたためた。
勘定方、瀬良忠行の死は、全て城代家老坂崎采女と、その配下によって仕組まれたことであったこと。
幼い弥一郎が城代にあてた訴状と、世良忠行の遺書を恐れながらと差し出したとき、藩主は赤子を抱いた静に詫びた。
坂崎の罪は、静が世良弥一郎に嫁しているとして、その身に降りかかることはなかった。
坂崎の家は闕所とし、代わりに世良家再興せよとの下知が下された。

「そなたの剣の太刀筋は、父上に似ておるの」
「叔父上。もう一本、お相手願います」
愛するものの顔で慕う甥に、笹目の双眸が濡れた。
思わず天を仰ぎ、目に見えぬ配剤に感謝した。

「月華、弥一郎兄上……」

浮世に一人残された鬼が、ふる……と身を捩り啼いた。

「やっと、終りましたな……」






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