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世良兄弟仇討譚 長月の夢喰い(獏)・8 

獏(ばく):体は熊、鼻は象、目は犀、尾は牛、脚は虎にそれぞれ似ているとされるが、その昔に神が動物を創造した際に、余った半端物を用いて獏を創造したためと言われている。
人の悪夢を喰う。




「ふはははーーーーっ!!」」

地獄の鬼が空気をびりと震わせて、哄笑をあげた。
坂崎采女の執拗な責めと加虐の酷さに、最初は喜んで共に弥一郎をいたぶっていた家中の小者達も怖じて、とうに逃げ出していた。
格子部屋に居るのは、事切れた月華と絶命寸前の弥一郎、城代家老坂崎采女の三人だけになっていた。
坂崎は未だに弥一郎に執着していたが、やがてひくっと何かが喉に詰まるような音を立てて、どっと泡を吹いて倒れこんだ。
「な……何が……」
月華の針には笹目が苦労して手に入れた南蛮渡りの毒が塗られていた。
急所を外しても、身体のどこかに刺すことができれば、じわじわと痺れが回るようになっていた。
針は深くはさせなかったが、少しは効き目があったようだ。
がくりと頭を垂れ今や命の残り火も僅かな瀬良弥一郎の傍ににじり寄ると、鬼は残された渾身の力を込めて、股間に刃を突き立てた。
かっと見開いた弥一郎の頬に、つっ……と一筋の血涙が流れた。
「……ゆ、許せ、ささ……め……」

兄は、果たせぬ仇討ちと、先に逝かねばならない空しさと、末弟月華をみすみす死なせた事を、後に残される義弟に詫びた。
「わしを裏切って殿のもとへと走った罰じゃ。これで、もう殿とそなたは、殿と情を交わすことも敵わぬ。ふははは!」
血まみれの肉片を摘み上げた鬼の狂気の高笑いが、広い屋敷中に響き渡る。
驚いた家人が、奥の部屋へ駆けつけた時、幼い童子と若い男が血の海に事切れていた。
口角に泡を飛ばし、焦点の合わぬ目で血まみれの坂崎が「うぬら、忠行を奪いに来たか。忠行はわしのものだ。奪うものは斬る」と口走り、血濡れた亡骸を抱きしめたまま、幽鬼のようになっていた。
狂気の城代家老は、そのままその部屋に幽閉された。

「乱心じゃ!城代さま、急な病にてご乱心ーーーっ!」
早馬が引かれ、城へと駆けた。
噂は飛び交ったが、真実は深く隠蔽され、白日の下に晒されることはなかった。
しかし、決して表には出ないはずだった城代の凶行は、怖気た小者が飲み屋で漏らしたのが一端となり、江戸じゅうを駆け巡った。

数日後には、稚(いとけな)い芝居小屋の子役と、座付き脚本家が何の因果か、城代家老の手討ちに遭ったと、瓦版が飛ぶように売れることになる。
元はといえば、瀬良忠行への歪んだ劣情が悋気となり、坂崎采女は道を踏み外した。
瀬良忠行は主家への情などではなく、ただ禄を頂くお家のために良かれと動いたに過ぎなかったのに、坂崎は嫉妬で身を焼いたのだ。
瀬良忠行がとった行動、それは武士(もののふ)の道、すなわち正しい武士道であった。
そして、思いを残して倒れた親の敵を討つのもまた、忠義、忠孝を説く残酷な正しい武士道の教えであった。


深い森で啼く鵺の声に導かれるように、瀬良弥一郎の魂は、彼岸で待つ愛しい弟の下へとひた走っていた。
紅い死人花が、足元にまっすぐに道標を作り、月華の待つ先を教えてくれた。

先に彼岸に旅立った月華は、見慣れぬ風景に戸惑いながら、辺りを眺めている。
『月華、こっちじゃ。』
「ん~?わたしを呼ぶのは……?」
目を凝らし、ゆっくりと自分を呼ぶ声の主を探した。
両手を広げて川岸で月華を待つのは、未だあの世とこの世の境目で迷っていた父、瀬良忠行の姿だった。
『月華、ここへおいで。なんとも、よい子じゃなぁ。無念が晴れたおかげで、父にもやっとあの世への道が見えたぞ』
『父上?ち、父上ーーーっ、ああーーんっ……』
『よしよし、そら、泣くでない。間もなく兄上もこちらに参るはずじゃ』
目を凝らす先に、弥一郎が駆けてくるのが見えた。
『あっ!弥一郎兄さま!』
『月華、待たせたな。さあ、参ろう』
『あいっ』
父と大好きな長兄に手を引かれ、月華は死人花の咲く道を跳ねて下る。

丸く白いおびただしいしゃれこうべを、一つ飛ばしに踏みながら、月華は二人の顔を見上げて、艶やかな花の笑顔を浮かべた。
行く先がどのような地獄でも、人の世でみた地獄に比べれば容易いと月華は思う。
父と兄が一緒ならば。
『父上、兄上と、月華はずうっとご一緒なのですね』
『そうとも。さ、兄さまが肩車をしてやろう』
『きゃあ~』
幼い弟は、きゅと大好きな上の兄にしがみ付いていた。
『笹目にいさまが、お独りお残りなのは可哀想だけれど、月華はこうして弥一郎にいさまを独り占めしてしまいます』
兄は末弟に優しいまなざしを向けた。
『大願かなった次は、そなたの元服の祝いを致さねばな』
『弥一郎にいさま、月華のことはよいのです。それよりも、兄さまのお大切なものが、憎い城代に羅切りされておしまいになったのがお労しい……』
『心配には及ばぬ、大事無い。そら月華の落された腕も、渡しの辺りで元通りになったであろ?』
『あい。嬉しや、この通り元通りになりました』

頬を染めた弟の落とした紅い毬が、ころころと、どこまでも昏い坂道を下っていった。






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