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世良兄弟仇討譚 長月の夢喰い(獏)・7 

獏(ばく):体は熊、鼻は象、目は犀、尾は牛、脚は虎にそれぞれ似ているとされるが、その昔に神が動物を創造した際に、余った半端物を用いて獏を創造したためと言われている。
人の悪夢を喰う。
※残酷な表現があります。苦手な方は以下にご注意下さい





兄と慕った城代家老に裏切られ、父はさぞかし無念であっただろう。
父に良く似た自分の姿に、坂崎采女は動転しおそらく混濁していた。
言うなれば、これまで深く沈めてきた父に対する良心の呵責が、表に噴き出たというべきなのか。
自分を父、忠行と呼び、後孔に貪るように執着し、小者を押しのけてまで腰に縋る坂崎を哀れに思った。

ふと……全身の五感の感覚が薄れ行く弥一郎の目に、ころりと転がり込んだ糸手まりの、紅い色糸が染みた。
「むっ?」
はっと意識を取り戻した弥一郎は、思わず叫んだ。
「月華っ。来るなっ!こやつは狂人じゃ」
月華は連れ去られた兄の後ろをついて来ていた。
しばらく兄への加虐の様子を見ていたが、どうにも辛抱堪らず、兄が張りつけられた格子部屋に擦り寄ってきたのだ。
此度は相手が相手故、決して追ってはならないと言ってあったのに、笹目の目を盗み付いてきたのだろう。

「弥一郎にいさま。このような無体を受けて、お労しい。月華が必ず仇をとってあげます」
健気にも兄の敵を討とうと、月華はこれまでのように細く煌くものを持って、敵の懐に入ろうとしていた。
鉤につながれた手首の戒めを解こうと、小さな手で必死だった。
「よいしょ……、よいしょ。弥一郎にいさま、いま少しお待ちください……結び目がとても固いのです」
「いいから、そのままにしてお逃げ、月華。懸命に走ってお逃げ。兄上が気をそらすから、兄上のことをきっと笹目に伝えるんだよ、いいね。笹目には、ちゃんと後の事を書いてきたから」
月華はじっと弥一郎を見つめた。
その切羽詰った声音に、どうやらいつもと加減が違うと知り、頷くとそっと部屋を抜け出そうとした。
しかし、弥一郎を残虐に貪っていた鬼が顔を上げ、どろりと紅く濁った目が月華を認めた。

「小童!」
鋭い怒声に射すくめられるように、月華はその場で動けなくなった。
「ああっ、鬼人じゃ。いや、いや、にいさま……怖いぃ」
かたかたと、全身を恐怖に震わせて、月華は鬼の懐に引かれるまま抱かれた。
「愛(う)いのう。そなたが忠行の倅、弥一郎か。どら、愛欲に爛れた父の姿を傍でじっくりと見せてやろう。ここに座って、父の仕置きを目を背けずにじっと見るのだ」
「いやあっ。いやあっ。にいさまっ」

血を噴く兄の菊門に、これが最後の仇なのだと利口な月華の意識が、一つの選択をした。
鬼の腕で懐に抱き込まれながら、必死で月華は腕を伸ばし城代家老にぷつりと傷を負わせた。
「つっ!」
鋭い痛みに、思わず坂崎は腕の中の月華を投げ捨てた。
腕に、小さな血の珠が盛り上がってゆくのを、ぺろりと舐め取った。
「そうであったか。回船問屋相模屋と、町奉行と……これまでの数々の殺しは全てお前の仕業かっ!おのれぇっ!」
「きゃああーーーっ!」
月華の身体が、空を舞う。
白刃が一閃して、身体が半分に裂け奥の襖が、ばっと朱色に染まった。
ぼとり……と、鈍い音がして、右肩から胸の肉を削り、月華の白い腕が胴体から外れた。
もんどりうって血まみれの月華が、畳に転がった。
「あ……兄う……えぇっ!」
飛ばされた右腕を必死に拾って抱え、大好きな上の兄の許へと月華は這った。
「弥一朗にいさ……にいさまぁっ……」
絶命前の、月華の切ない喘ぎを弥一郎は聞いた。
「だ……いて。弥一郎に……さま……さむ……い」
「あぁ、月華……」

抱き寄せることもできず、兄は空しく愛おしい弟、月華の名を叫んだ。
足の指に、月華の小さな指がそっと絡む。
弥一郎は自由になる指先に力を込めて、ぎゅっと握りこんだ。
「にいさ、ま……月華は……お先に……まいり……ま……」
それが絶命の瞬間、月華が大好きな兄に向けた言葉だった。
父の敵を討てと母に言われるまま殺人器を操り、子供らしい楽しみを何も知らぬまま、孤独に闇に落ちてゆく愛おしい弟。
弥一郎は力の限り叫んだ。
「月華あーーっ!兄もすぐに参るっ!紅い死人花を目印に、三途の川岸で待って居れっ」
「……あ……ぃ……」
口の端に細く紅い糸を垂らすように血を吐いて、がくりと事切れた幼い弟の死は、朦朧と意識が途切れがちな兄の眼には、もう映らなかった。

舞台の幕が引かれようとしていた。






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