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世良兄弟仇討譚 長月の夢喰い(獏)・5 

獏(ばく):体は熊、鼻は象、目は犀、尾は牛、脚は虎にそれぞれ似ているとされるが、その昔に神が動物を創造した際に、余った半端物を用いて獏を創造したためと言われている。
人の悪夢を喰う。




暗い森で、ヒョーヨとどこか寂し気に、鵺(トラツグミ)が啼く。
行灯の影が、なまめかしく溶けた影を揺らしていた。

「はぁっ……はっ……弥一……朗さまっ。ああっ……ああ……っ」
「静……」
間もなく祝言を控えた城代家老の一人娘と弥一郎は、失われた時を取り戻すように抱き合っていた。
深まる秋の深夜の空気まで、とろりと淀ませて、ならぬ逢瀬を貪る二人の目には互いの姿しか映っていなかった。
「静殿、弥一郎には昔からずっとそなただけじゃ。一日たりとも忘れたことなどなかった。どれ程この日を夢見ていたか」
「う、嬉しゅうございます、弥一郎さ、まぁ……」
元許嫁の、細腰を抱きこみ、柔肌の紅い粒を強く吸う。
「愛おしい、静。どこもかも、皆わたしのものじゃ」
身体中のあちこちに紅い花弁が散り、婚礼前の過去の思い人は胸に縋り密やかに吐息を零した。
「ずっと……ずっと、静は弥一郎さまと……こうなりたかったのです……ああぁ……」
ゆるゆるとしどけなくほどけて行く、かつての恋人の身体は今や熟れ切って、弥一郎は意に反して溺れていた。
「いっそ、お静どのを連れて参りたいと、出奔のときも幾度思ったやも知れぬ。わたしの愛おしい静……」
半身を求め合うように互いを奪う、二人の時間は瞬く間に過ぎる。

姿を見せて、静がどんな行動に出るかは一つの賭けだった。
肌を合わせることまでは考えていなかった弥一郎は、時の経つのを忘れていた。自分と同じように、静が自分を忘れていなかったことを知り、高揚していた。

白々と外が明るくなった頃、怒張をそのまま思い人の中にきつく埋め込んで、弥一郎はついにお静の中に万感の思いを込めて白い精を放った。
「ああ……、とうとう明烏が啼いたな。追っ手も早、ここまで来たか」
※明烏:男女の交情の夢を破る、つれないものの意味

懐にまどろむ愛しい娘は、瀬良兄弟の最後の仇敵、城代家老、坂崎采女の息女であった。
汗ばむ素肌に、切なくも激しい情欲の痕が点々と散っていた。
早々に立ち去るつもりの弥一郎は、気配を感じて体を起こした。
「静殿。追っ手じゃ……」
静は慌てて胸に着物をかき抱いた。
ばたばたと次々に襖を開け放つ、音がする。

「世良弥一郎っ!」
数人の手勢を連れて、久々の城代家老、坂崎との対面であった。
「あっ!父上っ」
父の登場に、思わず竦みあがり顔を隠すしどけない娘の恰好に、瞬時に血が上った坂崎はいきなり鯉口を切り、弥一郎に斬りかかった。
「おのれっ」
さすがに、城代家老も心陰流免許皆伝である。
その切っ先は、真っ直ぐに弥一郎の喉元(急所)を突いて来た。
咄嗟に差料で一太刀受けた弥一郎は、不覚にも羽二重の蒲団に足をとられ、どっと転がった。
数人に切っ先を突きつけられ、もはやこれまでと、潔く差料を傍らへと置いた。

「待て!殺すでない!」
城代の厳しい声が飛んだ。
「殺す前に、ゆっくりと話を聞いてやろう。こ奴を骨の髄まで、仕置きしてくれる。覚悟のうえでの狼藉であろうな」
「いかにも。今更失うものなど何もない。意趣返しだと思ってもらおう」
「この坂崎の娘を手篭めにした代金は高くつくぞ、瀬良弥一郎っ!」

きりきりと縄目を受けて城代の屋敷へと引き立てられてゆく、弥一郎の姿に袖は思わず悲鳴を上げた。
父の恐ろしさは十分に分かっていた。
恐ろしい想像に、静の精神は揺れた。
心から慕っていた弥一郎と引き離されたとき、父はこう言ったのだった。
「正義は常に城代たるわしの胸の内にある。静、世良の小童のことは諦めろ。あの者どもには、生きながらに死んでもらう事にした。今は泳がせておくが、今度城下に舞い戻ったときは、瀬良の子せがれ共の命は貰う」
「いやですっ、父上……弥一郎さまをお助けくださいまし」
「くどいぞ、静」
「弥一郎さま……」
泣き伏す娘に、父は新しい嫁ぎ先を突き付けたのだった。

6年前。

強い日差しのもと、父の遺骸が腐乱してゆく傍で、じっと耐えていた弥一郎の姿をそっと覗き見し、卒倒した静であった。
自らの父親が下した裁可に涙する恋しい人を、助けることができない自分が口惜しく身もだえした。
高札の元で晒され崩れてゆく弥一郎の美しい顔を想像し、静は思わず悲鳴を上げた。
「心配には、及ばぬ。静殿、此度もしばしの別れじゃ」
引き立てられてゆく弥一郎は、静の悲鳴を背中で聞き、優しい気休めを呟いた。
最早、この娘と今生で逢うことは敵うまいと、悟っていた。
「失うものはないと思っていた今生に、まだ未練があったとはな……許せ、静」







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